|
|
|
「中部軍報道部」制作と書いてあります。 桃太郎をネタにした、戦意高揚ポスターらしい。 アメリカのマンガみたいに、あちこち、セリフと吹き出しだらけ。 では、以下は各論。 |
「大東亜戦争第二週年 十二月八日 征け桃太郎・米英を撃て」ということは、制作時期は、昭和17年の秋頃だと思われます。 |
|
「遥に見えるは洋鬼島 ルーズベルトの赤鬼め いでや素っ首引き抜いてくれん!!」と言ってます。勇ましいこと。 「洋鬼島」は「ヤンキー島」と読むそうです。 |
|
昭和17年秋〜冬といえば、ニューギニア方面が激戦区だったはず。 零戦はP39、F4F戦闘機などを相手に善戦していたようですが、 「やられてもやられても出てくる鬼トンボ」。 日米の生産力の差はいかんともしがたかった。。。日本は南方の消耗戦で、熟練パイロットと大量の飛行機を喪失しました。 翌年、ゼロ戦キラーF6Fが出現し、手におえない状況になります。日本の国力では、終戦まで零戦の後継機を開発することはできなかったのです。 |
|
しかし、実際、日本軍はガダルカナル島の奪回に失敗しました。兵士を上陸させたものの、輸送がほとんどできない状態になり、弾薬と食料が尽きて・・・悲惨。 大本営が、ガ島の放棄を決定したのは、17年の暮れでした。 |
|
「大東亜共栄丸」の旗、持ってます。 足元はスマトラ島。 |
|
アメリカ潜水艦に、輸送ルートずたずたにされたのは、日本の方。潜水艦の暗躍に困ってたんでしょうね。 |
|
昭和17年に単発の空襲はあったのですが、市民生活が無茶苦茶になるのはまだ先のこと。。。 |
戦時中に「桃太郎・海の神兵」という日本初(?)のアニメが作られていたことからもわかるとおり、桃太郎って、戦意高揚のキャラクターとして多用されていたようです。そのせいで、明治20年から1年生の教科書に採用されていた桃太郎、敗戦後は、教科書から消されてしまったらしい・・・。
宝物館には、昔、「桃の化石」「鬼の角」「きびだんごを作った臼と杵」等も展示されていたらしいが、残念ながら、平成8年1月の火災で焼けてしまって、桃太郎伝説の遺物といえるようなものは「鬼の珍宝」(古木じゃないの?)と鬼の金棒(後で作ったんでしょう?)くらいしか残っていなかった。 |
他、寛政6年に出版された「桃太郎一代記」という本が展示されていた。
桃を食べたおばあさんが、桃のパワーで若返り、桃太郎を出産するという話。そんな解釈もあったか・・・。
|
犬山にお立ち寄りのさいは、ぜひ寄って見て下さい! |