|
|
ねぎし三平堂は昭和55年に亡くなった落語家・林家三平師匠の博物館である。
三平師匠は私の産まれる前からテレビで有名人だったらしいが、あまりテレビを見なかった私は生前の三平師匠を知らなかった。(なぜか長女の海老名美どりのことは知っていたけど。。。)。泰葉(三平師匠の次女、昭和56年デビューの歌手、現在は春風亭小朝の妻、引退)の追っかけ始めてから、三平師匠の存在を知ったわけ。その後、香葉子夫人(三平師匠の妻)の半生記「今年の牡丹はよい牡丹」を読んで、ちょっと知識が増えた程度。
ここ、当初は「水、土開館」のはずだったのだが、看板に「どうもすいません日曜も開堂しております」とあり、いつの間にか、日曜日もあけるようになったらしい。「水、土のみ開館じゃ困る」と、私みたいに行きづらい人から要望があったのかも。 |
|
泰葉の追っかけ時代に入手した情報見たら、ここが、元・三平師匠の家だったらしい。三平夫妻+子供4人にお弟子さん多数が住んでいた、大きな家。 その建物を改造して博物館にしたので、窓に目張りがしてあるのだろう。 |
|
展示室は二階なのだが、階段のあちこちにセンサーがついていて、三平師匠の声で「お待ちしておりました〜」 |
|
2階では、ビデオ「林家三平の源平盛衰記」上映中だった。 パンフには「落語家の名門に生まれながら、それまでの古典落語に飽き足らず、落語家の殻を大きく破った三平落語を創り上げる」と書かれていた。 そのとおり、内容は、源平盛衰記・本編が全体の2割くらいで残りの8割が脱線の連続。笑いのネタはほとんどがオヤジギャグ。だけど、間の取り方がうまいので、うけまくっていた。これが真打ちなんだなぁ。 |
|
余談になるけれど、泰葉はライブでよく、親父のネタをパクって、 <正月の小咄2題> なんてやっていたけど、(最前列と2列目の常連客以外には(笑))ほとんどうけなかった。やっぱり、歌手本業だとせいぜいこんなもん。 あっ!さだまさしは例外か・・・。 |
|
「お願い 高座にむやみ勝手に上がらないで下さい」って。「むやみ勝手に」というのが笑えた。上がり込んでセット壊した人がいたのかしら?? |
|
非常な努力家だったそうで、左の棚には、ネタ帳等、関連資料山積み。中身が見られなくて、残念。 |
●三平師匠は落語家だけど、レコードもかなりたくさん出していたらしい。でも、タイトルが笑。「空からどうもすみません」「ワッショイ踊り」「おこちゃのチャ」「頂戴ナ」。一番たくさん売れた曲が「サイケデリックソングNo1」と副題のついた「BACHI BACHI」だって。コミックソングだらけじゃないか〜。お笑い芸人だから、これが普通?
有名な「ヨシコさん」の歌は、当時、レコード化されず、平成7年にCDで発売されたらしい。
♪好きです 好きです 好きです 好きです よし子さん
キッスさせて
いいじゃないのさ
なぜ逃げるのさ
キッスさせて
過激な歌詞だな〜。
親父のおかげで、泰葉はデビュー当時、「コミックソング歌うんですか?」と質問されて、非常に困ったらしい。
●三平師匠の出演したCMが見られるコーナー---昭和30年代のセメダインから、「土倉のお茶」(昭和51〜54年)みたいに比較的新しいものまで。昭和40年の「参天製薬スーパー胃腸薬」はレストランでロケ。当時の風俗が興味深かった。
●意味無く展示されていた鉄の輪--「おかみさん談 「何だか判らないので捨てるに捨てられないわ」」。普通、何だか判らないものって捨てないか?これも海老名家の雰囲気ってやつ(笑)?
●「踊って歌って大合戦」のテーマソング---昭和40〜41年に放映された平均視聴率31%の番組。「グロテスクだ」という批判もあったらしいが、「ストレス解消になる」「泣いていた赤子が泣きやんだ」等で人気爆発。番組本編の資料はなかった(見たいよ〜!)が、テーマソングだけでも、充分その雰囲気は伝わってくる。一度聴く価値あり。
●三平師匠の写真の脇に「大きな拍手を2回して拝んで下さい」--拍手すると、三平「お稲荷さんじゃないんですから」。遊び心があって楽しい。
|
自然に、隣の客と談笑してしまう、そんな雰囲気の施設だった。写真撮影に制限の無いところも◎。 「帰らないで下さいよ〜」三平師匠の声に追われながら階段を降りる。受付で靴を返してもらう時、「泰葉さん、引退してから、マスコミに出ていらっしゃらないのですが、どうしていらっしゃいますか?」と質問したら、お元気らしい。たまに、ねぎし三平堂にもいらっしゃるとか。。。(しっかり、感想ノートには「泰葉の追っかけやってた荒川で〜す」と書いてきた。覚えていて下さると嬉しいのだが。) |
|
他、豆腐アイス、豆腐ワインなんてのもあるらしい。 ●笹乃雪 |