|
|
関西詣でのついでに、万博記念公園に行ってきた。
|
10時前に着いたら行列ができていた。どうやら、併設の生活誕生館で行われる仮面ライダー龍騎ショー目当ての親子連れらしい。 |
![]() ガイドツアーがあるらしいことがわかったので、きいてみたら、東京ガスのショールームのガイドツアーだとのこと。じゃあ、いいや、ってことで、ひとけのない「EXPO'70 Hall」に入った。 |
|
日本館の銅板彫りの鳥獣戯画(写真後方)は見覚えがあるなぁ。 |
|
ガイドブック等、手に取って見られないのが残念。 復刻してくれたら、2000円でも買う! |
|
「日本館」「虹の塔」「クボタ館」「オーストラリア館」等、なんだかわかるものが多い。 この後開催された、ポートピア、筑波博、横浜宇宙博、花博等の建物はほとんど思い出せないので、70年万博は、私の記憶にとって、最大の博覧会。 |
|
私は万博当時、小学校2年生。万博には3回行った。 私の記憶に残っているのは、 |
|
当時のパビリオンの名前を見ていて、いくつかコメント。 セイロン館--今なら、スリランカ館。 現在なら、電通館とか、リクルート館、ヤフー館なんてのが出てきそうだ。 |
| 当時の映像をまとめたものが放映されていたが、こちらもツッコミ不十分。万博について全く知らない人が見たら、それなりに役に立ったのだろうが、私からすると、当時のテクノロジー(立体映像も、レーザーも、パソコンも無い時代の展示について)や、各館の詳細についてもっと追求して欲しかった。 |
懐かしかったが、私としては、もっと突っ込んだ展示をして欲しかった。
250円払って自然文化園&日本庭園に入場した。全部見るととんでもない広さらしいので、太陽の塔周辺だけをチェックした。
|
この塔、最初の計画では、万博が終わったら取り壊されることになっていたらしい。見に来た人からの反対が多く、残されることになったそうだ。 デザイン的に、「日本古来の伝統」からも、「西洋的」なものからもかけ離れていたため、美術の専門家からは悪評ふんぷんだったらしいが、大衆からは評価された、ということ。 |
よく見ると、顔の上半分の部分の金箔(←実は金箔じゃなくて、特殊フィルム)が剥げていた。体の方は時々塗り直しをしているせいか?それほど状態は悪くなかった。 |
|
「黒い太陽」の絵柄である。制作者の岡本太郎氏に言わせると、「お祭りの守護神」「生命の根元のプリミティヴなエネルギーを現した」とのこと。 |
|
地図に「鉄鋼館」とあったので、パビリオンが残っているのかと思って見に行ったら、普通のビルだった。しかも、現在は空き家状態。不況の影響か?(後で調べたら、「鉄鋼館」は、万博当時、パビリオンとして使われていた建物であることが判明した。) |
|
岡本氏は、パリ大学で民俗学を学んだことがあり、人の心の無意識に働きかけてくるプリミティブなものに関心があったそうで、塔の内部には、仮面や神像がたくさん並べられた部屋があったとか。また、地上部分には、下等動物から人間に至るまでの進化の木が展示されていたそうだ。 彼の他の作品にも、顔の時計(67年)、太陽と月(75年)、こどもの樹(85年)等、太陽の塔につけられた顔をほうふつさせるものが何点かあった。 売店でも、太陽の塔絵葉書、キーホルダーや、38万円の太陽の塔レプリカ(限定30個)が売られていた。 ●川崎市岡本太郎美術館 |