万博記念公園(1)

関西詣でのついでに、万博記念公園に行ってきた。

友人から、「エキスポタワーが今年8月に取り壊し」だときいたので、壊される前にぜひ行っておかなければ!ということで、行くことにしたのだ。

まず、万博記念館に行くことにした。

10時前に着いたら行列ができていた。どうやら、併設の生活誕生館で行われる仮面ライダー龍騎ショー目当ての親子連れらしい。

ガイドツアーがあるらしいことがわかったので、きいてみたら、東京ガスのショールームのガイドツアーだとのこと。じゃあ、いいや、ってことで、ひとけのない「EXPO'70 Hall」に入った。

当時、各館(企業館ではなく、国のパビリオン)で展示されていた物件の一部が残されていた。

日本館の銅板彫りの鳥獣戯画(写真後方)は見覚えがあるなぁ。

その他、真鍋博のイラストの日本万国博こどもニュース3号(昭和43年発行)、チケット、各館のメタルバッジ、パンフ各種等があった。

ガイドブック等、手に取って見られないのが残念。

復刻してくれたら、2000円でも買う!

会場全体のジオラマ。

「日本館」「虹の塔」「クボタ館」「オーストラリア館」等、なんだかわかるものが多い。

この後開催された、ポートピア、筑波博、横浜宇宙博、花博等の建物はほとんど思い出せないので、70年万博は、私の記憶にとって、最大の博覧会。

私は万博当時、小学校2年生。万博には3回行った。

私の記憶に残っているのは、
●親子で番号揃いの迷子探し用バッジに、角度によって絵の変わる仕掛けがついていた。絵柄はチューリップ等。万が一、迷子が出た場合は、ペアでふられている通し番号を使って迷子捜しが行われていた。
●カナダ館のバッジ集めが流行った。カナダ国旗のカエデの葉の形だった。
●リコー館の外壁には、角度によって絵柄の変わる絵が書かれていて、外周の動く歩道から見られた。子供心に仕組みが不思議だった。
●どこのパビリオンだか忘れたが、洗剤の泡?が滝のように流れ落ちている仕掛けがあり、「子供だましだね」と言ったら、周囲の大人が爆笑。子供がそんなこと言ったらおかしいって。
●三菱未来館のライドに乗って回るジオラマは大迫力だった。
●昼間、長蛇の列のソ連館は、閉園間際に行ったらガラガラだった。しかし、レーニン崇拝の展示ばかりでつまらなかった。今にして思えば、レーニンよりもガガーリンのボストーク等、もっと子供心に面白い展示もあったろうに・・・私は一体何を見ていたのだろう。
●住友童話館には3回も入った。覗き窓から、童話の動くジオラマが見える仕掛けがあり、はまった。

当時のパビリオンの名前を見ていて、いくつかコメント。

セイロン館--今なら、スリランカ館。
象牙海岸館--どこの国が出していたんだろう?
ブリティッシュ・コロンビア州館、ワシントン州館、サンフランシスコ州館、ケベック州館--国じゃなくても出展できるくらい金持ちの地方自治体ってあるんですね・・・
キリスト教館、モルモン・パビリオン--後者はBスポかも?興味あり。
虹の塔--専売公社館。当時タバコが社会的にどう扱われていたのか興味のある所。
ガス・パビリオン、自動車館、繊維館--どこの企業が協賛していたのか、知りたいところだ・・・。

現在なら、電通館とか、リクルート館、ヤフー館なんてのが出てきそうだ。

当時の映像をまとめたものが放映されていたが、こちらもツッコミ不十分。万博について全く知らない人が見たら、それなりに役に立ったのだろうが、私からすると、当時のテクノロジー(立体映像も、レーザーも、パソコンも無い時代の展示について)や、各館の詳細についてもっと追求して欲しかった。

懐かしかったが、私としては、もっと突っ込んだ展示をして欲しかった。

250円払って自然文化園&日本庭園に入場した。全部見るととんでもない広さらしいので、太陽の塔周辺だけをチェックした。

太陽の塔は芝生の中に立っており、記念撮影スポットとして人気だった。

この塔、最初の計画では、万博が終わったら取り壊されることになっていたらしい。見に来た人からの反対が多く、残されることになったそうだ。

デザイン的に、「日本古来の伝統」からも、「西洋的」なものからもかけ離れていたため、美術の専門家からは悪評ふんぷんだったらしいが、大衆からは評価された、ということ。

よく見ると、顔の上半分の部分の金箔(←実は金箔じゃなくて、特殊フィルム)が剥げていた。体の方は時々塗り直しをしているせいか?それほど状態は悪くなかった。

太陽の等背面。

「黒い太陽」の絵柄である。制作者の岡本太郎氏に言わせると、「お祭りの守護神」「生命の根元のプリミティヴなエネルギーを現した」とのこと。

お祭り広場では、入場料を取ってフリマが行われていた。一部だけ残っている鉄骨の屋根は、おそらく万博時代からのものだろう。奥に見える「EXPO HALL」も当時からのものではないか?

地図に「鉄鋼館」とあったので、パビリオンが残っているのかと思って見に行ったら、普通のビルだった。しかも、現在は空き家状態。不況の影響か?(後で調べたら、「鉄鋼館」は、万博当時、パビリオンとして使われていた建物であることが判明した。)

太陽の塔に関する資料は、万博公園ではなく、川崎市岡本太郎美術館で集めた。

岡本氏は、パリ大学で民俗学を学んだことがあり、人の心の無意識に働きかけてくるプリミティブなものに関心があったそうで、塔の内部には、仮面や神像がたくさん並べられた部屋があったとか。また、地上部分には、下等動物から人間に至るまでの進化の木が展示されていたそうだ。

彼の他の作品にも、顔の時計(67年)、太陽と月(75年)、こどもの樹(85年)等、太陽の塔につけられた顔をほうふつさせるものが何点かあった。

売店でも、太陽の塔絵葉書、キーホルダーや、38万円の太陽の塔レプリカ(限定30個)が売られていた。

●川崎市岡本太郎美術館
神奈川県川崎市多摩区枡形7-1-5(生田緑地内)、044-900-9898、9時半〜17時、基本的には月休
公式HP

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