伊根で見つけた不思議なもの
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舟屋で有名な伊根町に行ってきた。

道の駅・舟屋の里伊根は湾を見下ろす高台にあった。下にずらっと民家が並んでいるのが見えたが、遠すぎて何がなんだかよくわからない。

そこで、集落に降りてみることにした。

小学校の来訪者用駐車場にバイクを入れ、「→伊根の舟屋」と書かれた看板から海に出ると、周辺の民家は全て舟屋だった。

一階部分のガレージに舟の入っている家とからっぽの家があった。からっぽの家は、漁に出ちゃったのかな?

写真を撮っていたら、舟の上にいた漁師のおじさんが話しかけてきた。「今日は海が荒れているから、出漁しなかったんだ」。

舟屋を見ると、船がガレージに入らず、外につなぎっぱなしになっている家がかなりあった。おじさんにきいたら、最近は、船が大型化して、家に入らなくなってしまったらしい。

この船でどこまで漁しに行くんですか?と質問したら、経ケ岬のあたりまで行くらしい。この時期、日差しが強くて暑いので、船に脱着できる日よけをつけて行くそうだが、それでも暑くて大変だ、とのこと。

集落近くの橋の飾りも舟屋だった。

おじさんに、このあたりの情報についてきいたら、新井崎(にいざき)の千枚田をすすめられた。そっちにも回ってみよう。

おじさんに礼をいい、海岸沿いのくねくね道を北上した。すると、「新井崎神社 徐福渡来の地」という看板を発見した。

徐福って、始皇帝の部下で、不老不死の妙薬を探して日本に渡ってきたという伝説の人物ではないか?!こんなところに徐福伝説があるなんて初耳だ。

寄り道して新井崎神社に行ってみたら、なんのへんてつもない無人の小さなの神社だった。つまんね〜。

このあたり、このような柵状の物体があちこちにあった。

これは、刈り取った稲を干すための柵。日本全国、地域によっていろいろなタイプがあるが、丹後半島のは、能登半島と同じ形のようだ。

次に新井崎の千枚田へ。

道路に案内看板が出ておらず、分岐を見落とし、数キロ無駄走りする羽目になったが、地元の人に道をきき、たどり着くことができた。海沿いの急斜面に小さな段々畑がたくさん連なっている。1000枚あるのかどうかは知らないが、かなりの数である。

だけど、能登半島の千枚田や、紀伊半島の丸山千枚田に比べると、小規模だな。私みたいに日本全国の名所旧跡を回っていると、他の地域の物件と比べてしまうのであった(悲しい)。

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