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敷地内の城、風車等の模型は崩壊しまくって、閉園前から楽しい廃墟と化していた。 |
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この人形、胎内・樽ケ橋遊園(新潟)、阪神パーク(兵庫、閉園)にもあった。昔はこの人形、かなりたくさんあちこちの施設に売れたんじゃ? |
ここも人がいないねぇ〜。 |
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はぁ〜(嘆)。 |
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「大人は遊べません」とのことなので、入らなかった。 壁画がレトロ。 |
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HPで調べたら、この施設、94年新設らしい。この頃、こんな土人人形の設置が許されていたのだろうか? それとも、他の施設にあった人形の転用? |
遊園地をひととおり回って、伏見桃山城に行くことにした。
伏見城は、秀吉が築城。二つの城の総称である。
最初に作った指月城は、慶長元年(1596年)の大地震で倒壊。文禄3年(1594年)、耐震性に優れた第二の城(木幡山伏見城)が作られた。慶長5年(1600年)、関ヶ原の合戦で焼失したが、家康が修復し、畿内おける徳川家の本拠とした。元和9年(1623年)、伏見城は廃城と決まり、取り壊された。
現在の伏見桃山城は、かつての伏見城跡が明治天皇の桃山御陵になっているため、往時のお花畑山荘の地に、昭和39年3月に再建された。
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要するに、遊園地の添え物程度のちゃちい城((例)宇都宮動物園内の城)じゃなくて、遊園地が城の添え物だということだ。 |
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←こんな懐かしい機械も置かれていた。 |
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階下は「桃山文化史館」、桃山時代について解説した博物館になっていた。 当時の屏風の複製の細かな部分の一つ一つにわかりやすい説明がついていたりして、当時の食事、帯の結び方、娯楽、魚の調理法、その他もろもろのことが門外漢にもよくわかるように展示されていた。面白くてためになった。難点は全部まじめに読んでいると、(おそらく)3時間くらいかかってしまうこと・・・。 |
目玉の「黄金の茶室」は、当時、利休と秀吉がこの中で会談した、という茶室を復元したもので精巧なつくりである。大河ドラマ「秀吉」の撮影にも使われたとか。クギを使わず、史実どおり、分解して運べるようになっているそうだ。 |
慶長の役の最中だったので、秀吉の葬式は行われなかったのにもかかわらず、江戸後期から明治期にかけて、秀吉の葬式行列を描いた絵巻(画像)、葬列の参加者リスト等の「架空」の出版物が作られたとか、蘊蓄多数。 |
客が少なくて採算が取れない、ということで、遊園地が閉鎖されるのは仕方ないが、城の方は残して欲しいと感じた。こちらは娯楽施設というより、立派な文化施設--博物館なのだから。
●伏見桃山城キャッスルランド(2003年1月閉園)