月潟村の角兵衛獅子(1)

角兵衛獅子は、月潟村に伝わる伝統芸能である。

美空ひばりの歌で有名になった角兵衛獅子だが、月潟村は、角兵衛獅子を目玉にした観光産業に力を入れている。

農協のサイロ。
下水のマンホール。
1999年4月に廃線になった新潟交通(月潟〜東関谷)の月潟駅。終点ということで、観光用に保存されている。
月潟駅構内に停まっていた「モハ11号 電動客車」。
下半分が緑、上側が黄色なので、通称「カボチャ電車」と呼ばれている。

カボチャ電車の車内にも、角兵衛獅子がらみのプレートがあった。

私が行った日は、大道芸フェスティバルで、観光客だらけ。ホームでは、角兵衛獅子煎餅も売られていた。

福島〜新潟ツーリングの帰りに、角兵衛獅子の資料館(月潟村農村環境改善センター内)を見に行くことにした。以前、平日の朝に立ち寄ったら、「開館時間は、午後からです」ということで、見られなかったのだが、今回は時間的には大丈夫の筈。

R8から月潟村方面に左折。すると、「大道芸フェスティバル」の看板があちこちに立ち、路駐している車がやたら多かった。たまたまお祭りの日に来てしまったようだ。

農村環境改善センターは田圃の中にあり、案内看板も少ないので場所がわかりにくい。途中でもらった案内地図をたよりに到着したら、人でごったがえしていた。きいたら、2時から角兵衛獅子の実演ショーが始まるのだそう。ラッキー!

資料館には、こんな人形の他、角兵衛獅子のビデオ、角兵衛獅子の道具(衣装と獅子頭、笛、太鼓、江戸時代の通行手形、義経免許状など)、江戸時代の通行手形等が展示されていた。

←綺麗なお姉さん。まだ、子供にしか見えないって?

実は、角兵衛獅子は、本来、子供によって演じられるものだったのだ。

資料館の説明文を見ると、「度重なる中ノ口川の氾濫により、月潟村の農業生活は苦しく、住民は副業のために、子供に角兵衛獅子を演じさせ、収入の足しにしていた」、とある。昭和8年に少年虐待防止法ができ、金儲け目当ての獅子舞は禁止されてしまったそうだ。(もっとも、大正期に信濃川分水路ができたため、昭和8年の時点で水害はほとんどなくなっていた→農業は以前より楽になっていたので、角兵衛獅子の収入に頼る必要は少なくなっていた、と思われる。)

現在は、保存会の方々が、昭和34年から地元の小中学生を使って、角兵衛獅子を伝承している、とのことだ。

角兵衛獅子の由来には2説ある。

○水戸の浪人・角兵衛が殺害された。角兵衛が犯人の足指をかみ切っていたことから、息子二人が逆立ちの芸を演じ「あんよを上にして、あんよの指の無い者に気をつけて見なはれ」とやったのが由来。
○常陸の国の角兵衛が、凶作に悩む月潟村の生活を開こうとして、獅子踊りの芸を仕込んだ。

人でいっぱいの体育館のような会場に入り、隙間に割り込み。(ヒトリモノはこういう時に便利だ。)待ち時間が30分ほどあった。「詰めて下さい〜」というアナウンス、再三。

後ろを見たら、どんどん人が入ってきて、人混みだけでもみもの、という雰囲気になった。

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