二本松の菊人形(2)

家康着せ替え中。

他にも菊の花の差し替え中の人形が何体かあった。

室内の人形はいいけど、前のページの池の中の人形の着せ替えは大変そうだ。

「どくろの盃」の信長。

室町幕府滅亡の翌年、信長は岐阜城で、討ち取った朝倉義景、浅井長政、浅井久政の頭蓋骨に金箔をぬった髑髏の盃を作り、それで酒を飲むように部下に勧めた。利家は信長に「天下人のすることではない」と忠告、信長の不興をかった、という有名なエピソード。

このシーン、信長の顔がよくある肖像画そっくり。

「醍醐の花見」

秀吉が伏見醍醐寺で女をたくさん呼んで花見宴会をしているシーン。秀吉はすでにガンにおかされており?、半年後に亡くなってしまうのだった。

この秀吉も、後世に伝わっている肖像画まんま。

「人質生活」

利家亡き後、まつは出家して芳春院と改名し、幕府を開いた家康の元に人質として出向くのだった。尼さんになったまつの像。

大河ドラマでは、利家もまつも、死ぬまで顔は若いまま。老人メークしろや!嘘くさい!と思ったのは、私だけだろうか?

私のサイトでは、ほんの一部を紹介しただけだが、第一会場を通してみると、大河ドラマを見ていない人にも、ドラマのあらすじがわかるように作られていた。この点でも二本松の菊人形はよかった。

第一会場〜第二会場への移動途中には、このような大物展示が。右の金太郎と鯉はモーターで動いていた。

第二会場入り口の前に、国際協力事業団・二本松青年海外協力隊訓練所のジオラマがあった。

アフリカ(ルワンダ?)で井戸掘りをしている風景。

これが菊人形だったら面白かったんだけど、服装がこれでは、さすがに菊を着せるわけにはいかなかったんだろうな。顔も既製のマネキンだし。

脇の売店で売られていた千輪菊アイス(200円)を食べながら見物。

このアイス、色は黄色で菊の色素が入っているのかもしれないけど、全然菊の香りがせずいまいちだった。

第二会場は、「おとぎの広場」。

さるかに合戦、こぶとりじいさん、竹取物語、舌切り雀のジオラマがあったが、コミカルな人形の周りに菊の鉢が置いてあるだけで、菊人形とはいえない状態。子連れの客を喜ばせるためなのだろう。

「日本でここだけ」の「十五段返し」

第三会場は、「十五段返し」という仕掛けで、戊辰戦争で多大な犠牲を出した「二本松少年隊」を上演していた。

第一会場のような、客が各シーンを移動しながら見るものは「見流し」というが、「段返し」というのは、舞台の上で、シーン転換や人形の交換が行われ、客は座席に座って見る、という趣向である。「十五段」というのは、十五のシーンがあるということ。

立体映像やホログラフィ、レーザー、ロボットによる演技等を見慣れた目には、「たいしたことないじゃん」という印象だが、当時(例えば、明治42年に国技館で段返しが始まった当初)は最先端技術だったんだろうなぁ。現在も、モーター等を使わず、人力でやっているらしいし。お疲れさまです。

●二本松の菊人形について
昭和30年から始まり、48回目。霞ケ城公園。2002年は10/1〜11/25、1200円。始まりは名古屋黄花園から派生した乃村工藝社による。「見流し」だけでなく、段返しがあるのがここの特徴。

→「二本松の菊人形(1)」に戻る