田中角栄記念館と生家

新潟県西山町の交差点で、「→田中角栄記念館 角さんの台所」と書いてあるのを見つけた。

「角さんの台所」って何? このあたりに田中角栄の生家があるらしいが、台所の一般公開か?? こりゃ、行くしかないな〜。表示に従って走ったら、西山町の道の駅に出た。

「角さんの台所」は田中角栄の名前を冠したレストランであることがわかった。B級スポットじゃなくて、ちょっとがっかり(^_^;)。

道の駅内にある田中角栄記念館に入ることにした。

田中角栄の写真パネル、映像、音声、越山会の歌・・・地元の人にとって、田中角栄は神! ロッキード事件のことは、ほとんど全くといっていいほどふれられていなかった。逮捕後初の選挙で10万票以上獲得した記事は展示されていたのに。世間一般から見ると、「悪いことをした政治家」だが、「郷土のために尽くした政治家」という一面もあり、地元の方は未だに角栄氏には脚を向けて寝られない状態のようだ。

角栄記念館の隣に、「西遊園」といわれる施設があった。この日は改装のため休館中で、建物の中には入れなかった。

孫悟空一座の像が前庭に並んでいた。

どうしてこんなものがこんなところに?

HPをご覧になった方から情報を頂きました。

田中先生が周恩来(当時の中国の首相)と日中国交回復を締結された先生の功績をたたえ、没後になってもその恩義を忘れずに中国政府の負担で中国の資材と職人を現地に派遣し完成させたものです。

近くに田中角栄の生家があると、敷地内の看板に出ていたのだが、観光スポットではないため、詳しい行き方が書いていなかった。そこで、記念館の人にきくことにした。

私「田中角栄の家がこの近くにあるときいたんですが・・・」彼「先生のご自宅は・・・・」おお!未だに「先生」と呼ばれて尊敬されているぞ!すごいぞ角栄さん。 私もちょっとだけ丁寧語をつけて、さらに突っ込んでみる。私「角栄さんの家の前に、彼がバス停を移動させたときいたのですが・・・」彼「さあどうでしょうか・・・先生が病気中のことなので・・・」→バス停移動の事実は本当らしいが、田中角栄氏がバス会社に圧力をかけたのか、バス会社が自発的に移動させたのかはわからずじまいだった。

この件についても、同じ方から教えて頂きました。

長岡市や柏崎市を中心の地域は中越地域と呼ばれていますが、そのエリアのバス運行は越後交通(株)が行っています。そのオーナーが田中角栄でした。今はそれらを受け継いだ田中真紀子さんとその一族が経営を握っています。ですから、外部からの圧力ではなく自分の会社の方針で行ったと思われます。ちなみに御坂下のバス停の次の停留所までは一分位で行ける距離にあります。

長年の疑問が氷解しました。ありがとうございましたm(_ _)m

さらに、キキコミを続けた。

この道の駅は、平成7年頃にできたようだが、それ以前は、廃校になった角栄氏の母校(小学校)や通学路が残されていたそうだ。また、記念館と台所レストランは、角栄を応援する団体「財団法人 田中角栄記念館」が西山町から土地を借りて運営しているそうだ。レストランに、「角栄」の名前を冠した地酒があるようだし、もしかしたら、角栄定食なんかもあるのかな?と思ったが、今日は時間がないので、食事はパスした。それから、西遊記ネタだが、田中角栄が日中国交正常化(1972年)した業績を記念して造られた、とのこと。

さて、田中角栄氏の生家

教えられたとおり、県道393号沿いの「御坂下」バス停前にあった。

大きな家だが、特に目立つわけではない。

記念館に行く途中、知らずにこの前を通り過ぎていた。

田中直紀と田中真紀子の表札が出ていた。

田中真紀子が出てきたら面白いな、と思ったが、2階の雨戸が閉まっていたので、留守のようだった。

●田中角栄記念館
新潟県刈羽郡西山町大字坂田717-4、R116に表示あり、道の駅「西山ふるさと公苑」内、0257-48-2130、
10〜16時、月休、12/26〜1/6、400円