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画像の↓部分に鏝絵がある。 |
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観光案内所?でマップを配っているらしいが、今回はマップ無しで、行き当たりばったり、県道沿いの鏝絵を鑑賞して回った。看板があるので、マップ無しでもなんとかなる。 ちなみに、安心院には非公開のものも含めて、100個くらい鏝絵があるそうだ。 |
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安心院の旧道探索も楽しそうだ。 |
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大分の郷土料理「だんご汁」と「やせうま」を食べに行った。 |
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出てきただんご汁は、きしめんのような物体が入った汁物(画像右下)。なんだこれ?団子入ってないじゃん。後でYHのペアレントさんにきいたら、きしめんのような物体が団子だそうだ。本来、団子はきしめんとは全然違うものだが、機械で大量生産すると、似たようなものになってしまうらしい・・・。 やせうま(左上)は、きなこをまぶした手のべ団子。名前の由来には諸説あるらしいが、「昔、府内の城にいたヤセという名前のうばが若君に作ってさしあげたところ、「やせ、うま」「やせ、うま」と若君が催促されたのが名前の由来」とメニューに書かれていた。 |
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●甘味茶屋 |
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焼き芋アイスなら、関越道の三芳PAでも売っていたが、ソフトはここが初めて。 三重町大字秋葉1308、0974-22-8363 |
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「お墓まいりには、まず本堂のご本尊様に参拝してから、自分の家のご先祖様のお墓にお参りしましょう」という看板が立っていたが、ご先祖様の墓参りをしに来たわけではないので、気恥ずかしくて、そのまま、お墓に直行した。行ってみたら、佐藤家のお墓(彼女の本名は佐藤佳代)の横に墓誌、そして岡田有希子さん個人の慰霊碑があった。 |
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慰霊碑の表側には、彼女の直筆の文章が彫ってあった。 もしも ゆっくり休みが取れたら 岡田有希子さんは顔が可愛いだけじゃなくて、絵も上手かったからなぁ。 彼女の亡くなったのは、昭和61年4月8日。白い文字がところどころ剥げて、時間の流れを感じさせた。 彗星の如くあらわれ多くの夢をのこし若くして逝った その隣が彼女の「ファースト・デイト」から「くちびるNetwork」に至るまでの業績年表。シングルカットされた曲は、全部持っている。帰宅してから、岡田有希子追悼大会を一人でやった。「ファースト・デイト」と「Love Fair」って、やっぱり暗いよねぇ、と、この分野に詳しい友人に話したら、「彼女の悲惨な最期を思うと、どの曲を聴いても暗く聞こえるよ」って。そうよね・・・。 後でファンの方が作ったサイトを見たら、私が行かなかった本堂内に遺品がおさめられていたそう。こっちにもお参りすべきだったかな? この日は愛知青年会館泊。同室になった若い女性に「岡田有希子さんの墓参りをしてきた」と話したら、「それ、誰ですか?」って。知らないの?!きいたら、彼女は18歳だった。若い子にはすでに「過去の人」になっちゃったのかなぁ(ノД`) |