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名古屋駅近くの松井石根石碑の情報を教えてくれた友人が、「松井氏の建立した観音様が熱海の近くにある」というので、見に行くことにした。調べてみると、その観音様は「興亜観音」という名前だった。
興亜観音は、南京攻略戦(昭和12年)の責任者だった松井石根大将が、支那事変で亡くなった日本人と中国人の兵士の霊をとむらうため、建立した観音様である。松井氏直筆の名古屋の石碑は、東京裁判で松井氏が処刑された頃、巻き添えを恐れた関係者の手で池に投げ込まれたそうだが、興亜観音はどうだったんだろうか?
R135を南下。伊豆山のあたりで、今回行く予定にしていた興亜観音入口を発見した。(画像の電柱の脇に案内柱あり。) |
| ここのアプローチがハードで、国道からいきなり傾斜20度くらいの荒れた急坂、しかもバイクと車のすれ違い不能の道幅。セローなので勢いで登ったが、アクロスだったら玉砕ものだ(^_^;)。門の前の道幅が広くなった場所にバイクを停めた。開門は9〜16時と書かれていたが、8時過ぎなのに開いていた。 |
こんな参道を5分くらい登る。 |
これが興亜観音。小ぶりだが、上品な観音様だ。 |
「七士の碑」「大東亜戦殉国刑死1068霊伍供養碑」「大東亜戦争戦没将士英霊菩提」が並んでいた。 |
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それから、どうして石碑に割れ目が入っているの? |
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「よくぞ、こんな所までいらっしゃいました」ということで、本堂に入れて頂いた。 |
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以下、彼女の解説。 ○本堂の建物は、昭和15年の建立当時からのもの。熱田神宮の余財で作ったそうだ。 ○堂内中央の瀬戸物の観音様は、瀬戸の加藤春二という方が作ったもの。技術的に陶磁器の観音様は制作が困難だときいている。 ○この観音菩薩は、松井将軍の部下の戦死者23104柱を祀ったもの。右が日本国民戦死者慰霊位牌、左が中華民国戦死者慰霊位牌。中華民国の犠牲者を祀ることに決めたのは松井氏だが、昭和15年当時、「どうして敵国人も悼まなければならないのか?」ということで反論もあったそうだ。 ○左手に松井大将の写真が安置されていた。その後ろには神棚が。戦時中は、お寺に神様をこんな形で並べて祀ることがあったそうだ。 |
| ○右手に外人の写真が掲げられていた。この方は、東京裁判のインド代表判事であるパール博士である。彼は、東京裁判が戦勝国の日本に対するリンチに過ぎないことを指摘し、東条英機、松井氏等A級戦犯7人全員が無罪であることを主張した。昭和28年、彼はこの興亜観音を訪問したそうだ。 |
殉国七士・処刑直前の揮毫右から、土肥原賢二、松井石根、東条英機、武藤章、板垣征四郎、廣田弘毅、木村兵太郎。東条英機が一番偉いのだが、皆で譲り合って書いた結果、この順序になったそうだ。 |
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○中国の平和な民衆生活が描かれた絵 |
隣の休憩室(下の画像の建物;当時は貴賓室だった)で、お茶を入れて下さる、とのことで、ストーブに当たりながら、そちらで話を続きを伺った。
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昭和23年12月、松井氏他7人のA級戦犯は処刑された。お骨は、占領軍の手で海に捨てられる手はずになっていたが、決死の覚悟でお骨を持ち出した方が、伊丹氏の元に、「素性はお話できませんが、大事な方の遺骨です」ということで持ち込んだ。伊丹氏夫妻は、この遺骨を必死に守り、ほとぼりのさめた昭和34年に、七士の碑を建てた。現在も、お骨はその下に埋められている。 後で興亜観音のHPを見たら、昭和46年12月に赤軍派がダイナマイトで興亜観音爆破を企んだそうだ。幸い、導火線が途中で消えたため、吹っ飛んだのは七士の碑のみだった。三つに割れてしまった七士の碑は有志の手で修復、復元された。 他、昭和20年代初頭、当時の熱海市長が収監中の松井氏に、「興亜観音という名前は占領軍ににらまれてヤバいので、改名した方がいいのでは?」と話したところ、「改名するくらいなら、壊してしまえ!」と松井氏に一喝された話も掲載されていた。 名古屋の石碑ほど酷いことにはならなかったけど、こちらも政治的にヤバい時期というのはあったようだ。 |
彼女の話の結論;
彼女「南京大虐殺が本当にあったのかどうかは当事者でなくてはわからない部分もありますが、真相はどうであれ、松井氏他の人たちが、自分の置かれた状況で、日本のことを考えて行動した結果、今の日本があるのです。その点は感謝しないといけませんね」
彼女「「日本は侵略戦争を行い、他の国々に迷惑をかけました。反省しましょう」ということしか学校で教えないのは、やはり問題だと思います。」
HPのネタとして始めた松井石根氏に関する取材だったが、「教科書には絶対に載らない歴史」として勉強になった。彼女に丁重にお礼を言って山を降りた。
●興亜観音
熱海市伊豆山。R134興亜観音バス停から山に登る。
観音様の支援者の方が作っている興亜観音公式サイト
いただいたパンフを見たら、現在は堂守として、彼女等三姉妹が頑張っているが、後継者がおらず、将来の展望は明るいものではない、と書かれていた。このような施設が一部の人にしか知られずに消えてしまうとしたら、とても残念である。歴史に興味のある方は、一度足を運ばれることをおすすめします。
★南京事件、東京裁判等に関しては、未だに論争が続いている部分もある。私は不勉強なので、ここでいろいろコメントすることは避けた。
とりあえず、今回、私が勉強用に読んだ本2冊を紹介。
「パール判事の日本無罪論」田中正明(小学館文庫)
「「南京事件」日本人48人の証言」阿羅健一(小学館文庫)
興味のある方はご一読下さい。
★このページと関連するレポート
殉国七士廟