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虹の泉という名前の由来になった「池」は完成しているが、衛生上の問題もあるため、将来にわたって、水を張る計画は無い。 |
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東氏の作品制作を手伝っている愛知県の方がいらっしゃって、お話を伺うことができた。東氏の作品は、地面に丸や四角の形のタイルを敷き詰める形で作られているが、型が酷使されてすり減っているため、模様が消えてしまっている。東氏に「型を新しいのと換えた方がいい」と進言しているのだが。←この方、東氏に型の提供をしておられるようです。お名前を伺わなかったのだが、「陶芸空間 虹の泉」に出てくる、東氏の学生時代からの親友の山口氏だったのかもしれません。 |
東氏「現在、ここまで制作が進んだが、やっと半分という感じ。最終的には、コンクリ部分が見えなくなるまで、陶芸作品で埋め尽くしたい。」
→神秘珍珍ニコニコ園、八丈島のヘゴシダ資料館、韮崎のアメリカヤ等では、制作者の病気、死亡等で、作品が崩壊するにまかせた状態になったり、施設が閉鎖されたりしてしまった。健康に気をつけて、長生きして、作品を完成させて下さいね(^_^)
お話を伺っていて感じたのは、東氏の目が生き生きとしていること! 私などは生活費を稼ぐために仕事をして、その合間にツーリングが挟まっているという状況だが、東氏は朝から晩まで好きなことをやっている。全身から生き甲斐がにじみ出ている。うらやましい。
もっとも、こんな理想的な状況にいたるまで、何度も挫折があったそうで、その経緯が「陶芸空間 虹の泉」に書かれていた。1962年、24歳の時、スリランカ(セイロン)旅行中に、突然、虹の泉の構想がひらめき、それが現在の仕事と繋がっているそうだ。
作品を見て回っていたら、奥さんに、「今日、お客様がいらっしゃっているので、サンドイッチ作りをしなくちゃならないんだけど・・・手伝っていただけますか?」と頼まれた。不器用な私でもいいなら・・・と引き受けて、バターだのトマトだのと格闘。で、最後に餅菓子や、チョコレート、ご当地ポッキーまでいただいてしまった。アットホームな施設だこと(^_^)
というわけで、この施設には二時間弱滞在。バイクを発進させる時に見たら、東氏が出口でわざわざ手を振ってお見送り。
ありがとうございますm(_ _)m お元気で製作に励んで下さい。
今度はどこまで作業が進んだのか見に来ますので。
●虹の泉製作現場
三重県飯南郡飯高町波瀬、R166沿い、05984-5-1046、500円
東健次氏は、朝7時頃〜夜8時頃まで現場にいることが多いそうですが、不在の時もある(特に冬場)ので、どうしてもお会いしてお話を聞きたい方は、事前にご確認下さい、とのこと。
ファンの方が製作したサイト(東氏自身はインターネットなさっていないそうです)