黒川金山(1)

戦国武将の武田氏は、甲斐の国の山で採れる金を資金源にしていた。今回はその遺構である黒川金山を見に行くことにした。

R411を左折、泉水横手林道の入口に着いたのが8時。ここにバイクを停めて金山跡めざして登り始めた。

ここには金山跡への道標は無い。昭文社の登山地図に道も載っていない。他人様のHPに詳しい行き方が書いてあったからいいようなものの、そうでなければわからないところだ。片道1時間半みたいなことが書いてあったので、往復3時間かと思ったらなんと5時間もかかった。朝早く出てきてよかった・・・。

最初は林道のような道。四輪でも走れそうだ。
8時5分。道が広くなっていた。車のUターンスペースだと思う。
8時10分。道の真ん中に落石。バイクもここまで。
その後は倒木等、落石等。障害物を取り除けば車通行可能だ。あるサイトにはこの道が昔の青梅街道だったと書かれていた。大菩薩ライン(車道)の全線開通は昭和36年らしいから、それ以前は皆さんここを通っていたのかな?

ゆるやかな勾配の林道を歩いていくと、

8時25分。黒川の橋を渡る。
すぐ隣に立派なコンクリ製の橋脚が。
よく見ると、橋桁も残っていた。

反対側の斜面にも橋脚が。

「旧青梅街道」の跡ではないかと思われる。

この立派な道は、川を渡ると痕跡がなくなる。藪に覆われて消滅したのか?それとも幅広の道はもともとこのあたりまでしかなかったのか?

橋を渡った後、黒川沿いの小径を登る。
8時半。川沿いに歩いていたら前方で道消失。後ろを振り向くと、斜面につづら折りに道がついていた。この後、川から離れ、急勾配の道を休み休み登る。
9時20分。T字路。今来た道が「三条橋至る」、右が「藤尾橋方面至る」、左は表示無し。ここでは左折が正解。

ここから先は、山腹トラバースでゆるい上り下り。倒木をまたぎ越える場所があった。

9時55分。また黒川沿いに出た。頭上に坑道らしき穴があったが、距離があって確認できず。
10時5分。人工的な石積み(一片が1mくらいの石が積み上げてあった)と最初の確実な坑道(左手の穴)発見!埋まっていて内部には入れない。

10時10分。石積みのテラス出現。武田時代、黒川千軒といわれた場所だ。本当に1000軒の家があったのかどうかは知らないが・・・。

武田家が滅びた後、江戸時代も採掘が続けられたらしいが、100年以上前のものであることは間違いない。それにしては保存状態が良いので驚いた。

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