|
|
戦国武将の武田氏は、甲斐の国の山で採れる金を資金源にしていた。今回はその遺構である黒川金山を見に行くことにした。
|
ここには金山跡への道標は無い。昭文社の登山地図に道も載っていない。他人様のHPに詳しい行き方が書いてあったからいいようなものの、そうでなければわからないところだ。片道1時間半みたいなことが書いてあったので、往復3時間かと思ったらなんと5時間もかかった。朝早く出てきてよかった・・・。 |
最初は林道のような道。四輪でも走れそうだ。8時5分。道が広くなっていた。車のUターンスペースだと思う。 |
8時10分。道の真ん中に落石。バイクもここまで。その後は倒木等、落石等。障害物を取り除けば車通行可能だ。あるサイトにはこの道が昔の青梅街道だったと書かれていた。大菩薩ライン(車道)の全線開通は昭和36年らしいから、それ以前は皆さんここを通っていたのかな? |
8時25分。黒川の橋を渡る。 |
すぐ隣に立派なコンクリ製の橋脚が。 |
よく見ると、橋桁も残っていた。 |
|
「旧青梅街道」の跡ではないかと思われる。 |
この立派な道は、川を渡ると痕跡がなくなる。藪に覆われて消滅したのか?それとも幅広の道はもともとこのあたりまでしかなかったのか?
橋を渡った後、黒川沿いの小径を登る。 |
| 8時半。川沿いに歩いていたら前方で道消失。後ろを振り向くと、斜面につづら折りに道がついていた。この後、川から離れ、急勾配の道を休み休み登る。 |
9時20分。T字路。今来た道が「三条橋至る」、右が「藤尾橋方面至る」、左は表示無し。ここでは左折が正解。 |
| 9時55分。また黒川沿いに出た。頭上に坑道らしき穴があったが、距離があって確認できず。 |
10時5分。人工的な石積み(一片が1mくらいの石が積み上げてあった)と最初の確実な坑道(左手の穴)発見!埋まっていて内部には入れない。 |
![]() 10時10分。石積みのテラス出現。武田時代、黒川千軒といわれた場所だ。本当に1000軒の家があったのかどうかは知らないが・・・。 武田家が滅びた後、江戸時代も採掘が続けられたらしいが、100年以上前のものであることは間違いない。それにしては保存状態が良いので驚いた。 |