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10時15分、黒川金山循環歩道の真新しい道標あり。右左どっちにいってもいいようだが、右側に行くことにした。 |
この道はテラス群の中を通る。 |
←石垣は残っていないが、左右の斜面のラインが段々畑状態で面白かった。 |
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石垣が当時からのものなのか、登山道を整備するにあたって設けられたものなのかは不明。 |
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脇に「現在地一帯黒川金鉱」の古い看板があった。 |
金属製の柵は鍵がかかっていなかったので開けることができた。 |
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それにしても、狭い穴だな。荷物を背負った人一人這いこむのがやっとのサイズだ。 |
11時5分、黒川金山循環歩道の真新しい道標まで戻ってきた。
11時42分、T字路まで戻ってきた。
12時30分、つづら折りを降りきった。
12時50分、駐車場に到着。
とまあこんな感じだった。
このルート、木を乗り越えたりする場所以外は、傘をさした状態でも歩けないことはない。木立の中なので、雨具は傘一本でもOKかも。道に迷うような場所もなかった。
動物は見なかったが、猿の群の呼び交わす声、ホトトギスの鳴き声等が聞こえた。途中、斜面をざざざっと石の落ちる音がしたが、獣だったんだろうか?
それから、このルートを5時間も歩いていたわけだが、出口付近でバイクの男性と会っただけだった。登山地図に載っていないルートなので、歩く人は少なそうだ。
バイクに乗り、R411へ。次の目的地はおいらん淵。武田氏が鉱山を閉鎖するにあたって、口止めのため、数十人の遊女を川に落として殺した(川の上に宴会場を作り、蔓を切ったらしい)場所だ。心霊スポットとしても有名である。
昔はおいらん淵に関する説明看板があったが、現在は南無妙法蓮華経と書かれた卒塔婆?が建っているだけ。「交通安全」とか書かれているけれど、やっばりおいらん絡みだよな、この卒塔婆。 |
渓谷を覗きこめる台があった。 |
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ここに落ちたら無事じゃすまないだろう。 |
「遊女が殺害されたのはおいらん淵」だという説には異論もあり、おいらん淵より上流の藤尾橋付近が殺害現場だったのでは?という説もある。
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渡ってみたらハイキングコースが続いていた。もしかしてこれが昔の青梅街道か? 車道開通以前の青梅街道の情報はネット上に見あたらない。丹波山村の村誌でも見ないと正確なことはわからないな。 |
柳沢峠を越え、塩山側に降り、裂石から県道201号・218号に入った。このルートは、R411とR20をつなぐ大菩薩登山者ご用立ちルート。長兵衛小屋のすぐ南側にダートが1〜2キロ残っていたが、今日走ってみたら全線舗装になっていた。これでロードバイクでも安心して走れます(^_^)
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織田・徳川の連合軍に追われた武田勝頼夫人とその侍女16人がここで入水自殺を遂げたらしい。 |
現在は、上流にダムができたため、入水自殺などしようもないぐらい、水が減っている。 |
余談になるが、R139松姫峠も武田家由来の地名である。武田氏の六女である松姫が八王子に逃げるさいに通ったことからつけられた地名だそうだ。