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今年も油壺湾の戦争遺跡を見ていくことにした。昨冬だいたい見たつもりでいたが、三浦の戦跡サイトを見たら、ヨットハーバーの北側と、験潮所のあたり等、私の行っていないところにも遺跡があることがわかったので。
車道から階段を降りたら、験潮所付近の海岸は釣り客だらけだった。このあたり足場が悪いので、釣り竿等を踏まないように気を遣った。 |
さて、昨年対岸から見た時、洞窟らしきものは見あたらなかった。洞窟はどこに? 探したら大きな「不法係留禁止」の看板の裏側に穴があった。 |
入ってみたら、中はT字で奥行きのない穴だった。当該サイトによると、軍隊のものではなく、中世の「やぐら」の可能性もあるらしい。 |
験潮所を出て、ヨットハーバー近くの油壺湾北岸へ。狭い斜面の道をうろうろした挙げ句、ヨットハーバーの前のまともな道を走ればいいことが判明。どん詰まりにバイクを駐車した。(強引に走ればその先のシングルトラック部分も走って抜けられないことはないが、向こうから人や自転車が来るとすれ違えなくてヤバいので、その部分には進入しなかった)。
左手の空き地になぜか土盛りがしてあり、その奥のフェンスの向こう側にトンネルが口を開けていた。 |
フェンス越えるのうざかったし、トンネルの前が湿地状態だったので、侵入するのをやめた。反対側の明かりが見えないので行き止まりの穴のようだ。 |
| 空き地周辺にはこの他に3つ、穴の入口があったようだが、そちらは見落とした。これらの穴は隣の谷戸に通り抜けできる穴だったようだ。(二つ上の画像の左手側に穴の入口があったようだ)。 |
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道路沿いの崖に塞がれた穴や穴の痕跡が3個。先ほど私が見落とした穴の出口らしい。 |
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(私有地の中なので、見学される方は自己責任でお願いします。) |
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昭和37年11月3日夜、相模湾で行われた大型ヨット43隻のヨットレースで、慶応大学のミヤ号(乗組員4名)、早稲田大学の早風号(乗組員6名)が行方不明になり、さらに別の船に乗っていた慶応大学の一名が波にさらわれてしまったという惨事が発生した。結局、ヨットも行方不明者も見つからなかったらしい。 この碑は昭和43年に慶応クルージングクラブが建立し、平成16年に移設再建された。 このサイトに碑文が載っている。 こんな事件知らなかった。旅をするといろいろ発見があるなぁ。 |