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太平洋戦争中、レーダーが未発達だった日本では、夜間の敵機侵入時、音を聴くことによって機種や進行方向を判定していた。その時に使われた施設が聴音壕である。「保存版ガイド 日本の戦争遺跡」(戦争遺跡保存全国ネットワーク著・平凡社新書)に、大月市内に聴音壕が残っていると書かれていたので、見に行くことにした。
大月防空監視哨跡のある「むすび山」は大月市民病院のすぐ南側。病院の裏道にバイクを停め、犬を散歩させていたおばさんに山の登り口がどこにあるのか質問した。すると、「市民病院脇を南下する道路をまっすぐ行けば右手に看板が出ているよ」、と教えて下さった。助かりました。ありがとうございます(^_^)
ゴミ集積場の角の「→むすび山」看板にしたがい、車道を登っていったらすぐにハイキングコースになった。 |
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監視所の建物はすでに無く、残されているのは、直径4.5m、深さ1.5mの丸い穴(聴音壕)で、「保存版ガイド 日本の戦争遺跡」で見たのとは異なり、草ボーボーだった。 看板によると、昭和17年の本土初空襲がきっかけになり、大月市内には10の監視哨が置かれた。この施設はその一つで、10人が 3交替で勤務していた。昼は双眼鏡による監視、夜間は一人が監視、もう一名がこの穴に入って敵機の種類、飛行コース等の情報を探り、残りの一人が電話で監視本部に伝えていたそうだ。聴音という手段に頼って、敵機の情報がちゃんとわかるのか怪しいものだが、当時はレーダーが完備されていなかったので、仕方なかったのだろう。 |
【関連】
★群馬県の東村防空監視哨跡
★長野県阿南町の富草防空監視哨跡
★群馬県長野原町の防空監視哨跡