第六潜水艇記念碑

岩国市中心部からR2を東へ進み、和木町に入るちょっと手前左側に「第六潜水艇記念碑」という看板を発見した。興味を惹かれたので左折して山の上に登ってみた。国道から約50mが一方通行でバイクは押し歩き。この区間に勾配がなくてよかった(^_^)
記念碑までは急坂だった。道の行き止まり(まともな駐車場無し)にバイクを停めた。直進する歩道と右手の階段がある。看板は何も無し。どっちが正解?と悩んだが、山の上に登る階段が当たりっぽいので、登ってみた。

うしたら、広場があって、「第六潜水艇殉難者記念碑」が立っていた。説明を読んでみると、大津島の回天関係の施設に展示されていたあの佐久間艇長がらみの遭難事件であることが判明した。

第六潜水艇は1906年(明治39年)、日本初の国産潜水艇として完成。1910年4月15日、岩国新港沖1キロで潜航訓練中、故障のため遭難した。佐久間艇長は、事故の原因などを綴った手記を残し、殉職。彼を含む14名の乗組員全員が整然と持ち場についたまま亡くなった。艇長の行為は立派なものだったため、戦前は軍神として賞賛され、現在も第六潜水艇殉難者遺徳奉賛会が毎年4月15日にここで慰霊祭を開いているという。第六潜水艇は引き揚げられ、軍の潜水学校に展示されていたが、戦後、占領軍の命令で解体されてしまったそうだ。

気になったのは記念碑のど真ん中に入った亀裂。自然災害なのか、それとも戦後、「戦犯」や「軍神」を襲った人災の結果なのか?

何はともあれ、佐久間艇長と部下が最後まで立派に任務をこなした方々だったのは間違いない。

沈没現場の海は、現在は工場が建ち並んで、雰囲気が変わってしまっているけれど、そちらを向いて合掌した。

●第六潜水艇記念碑
岩国中心部からR2を広島方面へ。和木町に入る少し手前、岩国警察署装港交番の脇の道(50mほど一方通行)を入る。R2との分岐には駐車スペースがないので、四輪車の人がたどりつくには回り道を探す必要あり。