江田島の海上自衛隊第一術科学校見学
(2)

大講堂を出て、幹部候補生学校の前へ。
この赤煉瓦の建物は明治26年竣工。イギリスから軍艦で輸入したレンガが使われている。質がいいので現在も綺麗。

触るとお肌が若返りますよ!というので、ダッシュで触りに行った。質の悪いレンガだと表面がボロボロだが、こりゃ綺麗だ。
ちなみに、全国180箇所のレンガ施設の東の三横綱は、富岡製糸場、東京駅、横浜新港。西の三横綱は中央公会堂と福岡大刀洗今村天主堂とここ。
大講堂前から海側を見ると、だだっぴろい道路がずどーんと学生館に向かって延びている。景観に配慮した結果らしい。
候補生学校の前を海に向かって歩いた。建物の長さは144メートルあるらしい。女人禁制だったので、ここの松はほとんど男松だそうだ。

「授業中なので、静かに覗いてみて下さいね」ハイ。

一直線の廊下も絵になる。

学生館の前にやってきた。

芝生グラウンドの向こうに見えているのは戦艦陸奥の主砲

陸奥は昭和18年に沈没し、昭和45〜46年に砲塔などが引き上げられている(→陸奥記念館参照)が、その時のものではなく、昭和10年の改装(軍備削減、トン数制限)で取り外されたもの。隣の二階建てよりもでかい!近くで見たかったが、授業で生徒がグラウンドを使う可能性がある、とのことで接近不可。明日から夏休みなので、明日以降に来れば近くで見られたらしい。残念。

陸奥の砲弾は1トンあり、射程は30キロ。当時の金額で4000円で家一軒と同じ価格だったそうだ。ちなみに、昭和41年当時、訓練用偽魚雷が一個2000万円。いずれにしろ高価。

自衛隊の隊員学校。

中卒、高卒の自衛隊員の学校。中卒で給料が月13万円もらえるのはいいが、朝6時〜夕方22時まで予定ぎっしり。でも、熱心な生徒は許可を得て、夜中の二時頃まで勉強しているそうだ。

グラウンドの日章旗

日章旗の制定がいつなのか知っている人?と江頭さんが質問。誰も知らない。
日章旗は安政元年、ペリー来航の後、島津斉昭が日本の国旗として提案。明治3年太政官布告で制定された。でも、これが日本の旗として国民に定着したのは日清戦争の時。フランスが300万円で売ってくれと申し出た、という話もあるそうだ。とにかく、日の丸はデザインがいい。円の中心は1/100、四角の中心から左に寄っている、円の直径は赤で白部分の3/5・・・
正しい万歳の仕方と敬礼の仕方。海軍式と陸軍式の仕方で異なる等・・・江頭さんは博学。

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