|
|
「→大瀧記念碑」と書かれた看板があったので、登ってみたら、広場の片隅に大瀧宿の歴史について書かれた碑があった。昭和54年、全員離村のさいに建てられたもののようだ。 |
隣の敷地は草ボーボーだったが、小さなコンクリの構造物が残っていた。もしかして、ここが小学校(分校)跡地か? |
隣の神社のお社は無人だったが、ちょうど桜が満開だった。 |
旧道をバイクで進むと、会津屋根の立派な家が4軒。倒壊した小屋もあったが、母屋自体はしっかりしていた。 |
「明治天皇大瀧御小休所」と書かれた石碑が立っていた。明治14年、万世大路開通時に視察に訪れた明治天皇がここで休んだということは、この家は集落で一番偉かった人の家だったのではないか? |
|
もう一軒の家も部屋の中央に、ダンボール箱に布団をかぶせたもの?が二つ残っていた。遠くて読みとれなかったが、カレンダーもそのまま。遺留品多すぎ。 |
ちょっと行った場所が最後の民家跡。母屋は土台だけになっていたが、物置?が半壊状態で残され、地面に金属製の釜が転がっていた。 |
この先で道は分岐し、片方はR13の橋脚下をくぐってその先がゲート。もう片方のルート(旧国道)もすぐ先で行き止まりになっていた。と思って、自宅に帰ってネットで調べたら、旧国道は徒歩なら通行は可能らしい。
【参考】
★大滝出身者の方が作られたサイトです。
わが大滝の記録