大和ミュージアム(4)

零戦62型。
外見は排気管が機種周囲に突き出た52型と同じ。

どこが52型と違うのか?と質問したら、水-メタノール噴射装置をパワーアップのためにエンジンに取り付けた痕跡があるそうだ(効果がなかったので、この装置は使われずじまい)。エンジンの型番は栄三一甲型。

エンジンに詳しくないので、私には改造箇所はさっぱりです(^_^;)

この零戦は、白浜のゼロパーク(2002年10月に閉館)に展示されていたものらしい。係の人からこの零戦の運命についてきくことができた。

この機体は訓練中のエンジントラブルのため、琵琶湖に不時着、沈没。嵐山美術館(後のゼロパーク)の館長は、不動産会社の社長で、ニューギニア戦線で苦労した経験あり。昭和53年に零戦を引き上げ、自分の博物館に展示した。この方が亡くなられたため、ゼロパークは閉鎖、ここで所有していた零戦等貴重な資料は呉市に寄贈されることになったそうだ。ゼロパークでの保管は海沿いの敷地に屋外展示されていたため、状態があまりよくなかった。製造源の三菱重工に修復を依頼したら、「一人一日1万円」という価格を提示され、そんなに出せないので困っていたら、零戦会?のOBが、安価で修復を引き受けて下さった。だから、ここの零戦の復元の出来は三菱重工が修復を行った鹿屋基地の零戦よりも落ちるかも。

零戦に積まれていた250キロ爆弾。

零戦に積める爆弾は250キロのと500キロ、焼夷弾があった。500キロは威力は絶大だが、これだとまともに操縦できないため、250キロが多用された。この爆弾は昨夏の台風で、江田島の補給所の岸壁が崩れて姿を現わした。自衛隊から借りて展示している。台風被害は甚大だったけど、この件に関しては台風さまさま。

青葉の主砲(画面奧)、大和の46センチ91式徹甲弾(手前)、46センチ三式弾(2番目の赤いの)、長門の41センチ91式徹甲弾(手前から5番目)など。
これらの物件もゼロパーク出身らしい。

階段を登って「船をつくる技術」展示室へ。科学の実験体験室コーナーで、ジャイロや空気圧の実験装置で子供が楽しそうに遊んでいた。

「未来へ」展示室は物議をかもした宇宙戦艦ヤマト&松本零士コーナー

入口にアナライザーがいて何かしゃべっていた。私くらいの世代の人には懐かしいかもしれないが、子供たちはポカーン(゜Д゜)状態。

松本零士の漫画コーナーは電光オズマ(ロケット型の宇宙戦艦ヤマトが出てくるそう)、少女マンガから新ヤマトまで網羅していた。

新ヤマトが入っていて、どうして大人気のパチンコ大ヤマトが入っていないのか??著作権絡みの問題があるからかな?

何はともあれ、「宇宙戦艦ヤマト」は不朽の名作です(^_^)
映像室には宇宙服のかおだしがあったが、室内はかなり暗い。全館ストロボ禁止らしいんだが、ここでストロボ焚かずに記念撮影するのは至難の業だ〜(ノД`)ちゃんと考えて設置しろや。
映像内容は、松本零士のオールCGアニメ。少年が地球化された火星の博物館に行き、メーテルみたいなまつげの長い女と一緒に、過去の火星の地球化計画に参加、宇宙船に乗って大活躍する、という内容だったが、支離滅裂尻切れトンボいかにも松本零士ふうの作品だった(ノД`)(ノД`)

いろんな意味で悩ましい部屋だった(^_^;)

窓から海の方を見たら、赤と黄色に塗られたぼてっとした船が置かれていた。何だろうと思ったが、軍艦じゃないよね〜ということで、窓から写真一枚だけ撮っておしまい。帰宅後調べたら、初代深海探査艇しんかいだということが判明。珍しいからちゃんと見ておくべきだった(ノД`)

ということで、大和ミュージアムはとっても楽しかった。問題があるとすれば、客が多すぎたこと。係の人の話によると、「1年で40万人」という予想を裏切り、5ヶ月足らずで50万人を突破してしまったらしい。私が見に行ったのは金曜日だったが、多分6000人くらい来ており、土日は1万人を突破するだろう、とのこと。うひゃ〜。

●大和ミュージアム
呉市宝町5-20、0823-25-3017
9〜19時(夏期)、〜17時(それ以外)、500円
公式サイト

【おまけ】

R487から呉の造船所の方を見たら、「大和のふるさと」と書かれた大屋根を発見。気になって写真を撮った。後で調べたら、戦艦大和の作られたドックに屋根をつけて保存している場所だそうだ。

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