朝熊山ケーブルカー山頂駅跡(1)

金剛証寺のおばあさんに、昭和19年に廃止になった朝熊山(あさまやま)ケーブルカー山頂駅舎の廃墟が残っていることを教わったので、見に行くことにした。

朝熊山ケーブルカーは正式名称を朝熊登山鉄道といい、大正14年(1925)に開通した。全長1.1キロ。伊勢参宮の後、ケーブルカーで気軽に朝熊山に登れるということで、朝熊山観光は大繁盛。山頂駅付近には立派な旅館もあった。昭和19年(1944)1月、金属供出のため、軍の強制命令によりケーブルカーは休止。昭和37年(1962年)、廃止。

おちんこ地蔵の脇が昔の表参道

昭和39年に伊勢志摩スカイラインが開通してからは、スカイライン経由でアクセスする人が多いが、昔はケーブルカーに乗って表参道というのがメインのルートだったらしい。ケーブルカー+乗り合いバス(大正15年~昭和19年)、内宮からの乗り合いバス(昭和13年から断続的に昭和39年まで)という手もあったとか。

ケーブルカー廃止後はここからアクセスするのはハイカーだけになってしまい、表参道沿いの寺の建物は痛みが目立つ状態になっていた。

下に散乱しているのは取り壊された建物の瓦。

ネット状の車止めを過ぎると、車一台がやっと通れる未舗装路。
ガレた部分もあるので、四輪での通行は難しいかも。ハイカーに怒られそうだし。
路傍には野仏や、「五十何丁目」などと書かれた道標が点在していた。
20分くらい歩くと、狭い舗装路に出た。スカイラインの支線で、八大竜王の山に登るルートのようだ。バイクをこの道路に直接乗り入れれば時間短縮になったな。

給水塔や石垣、

門柱や竈の廃墟が・・・

これらの物件はとうふ屋旅館の残骸である。

看板によると、この旅館は江戸時代の創業で、大正14年に新築された本館には100畳間の大広間や写真の暗室などもあったそうだ。昭和19年のケーブルカー廃止後はさびれ、茶店を主に臨時営業をしていたが、昭和39年2月の火災で焼失してしまった・゚・(ノД`)・゚・。

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