二代目観音埼灯台の残骸

「関東大震災で倒壊した二代目灯台の残骸が観音埼灯台直下の岩場に転がっている」という話をきいたので確認しに行くことにした。自然博物館脇の駐車場にバイクを入れ、料金所のおじさんに質問したら、「その話は本当だよ。時々見に来る人がいる」とのこと。

残骸を見に行く前に、現役の三代目灯台に立ち寄って行くことにした。

灯台(中に入れる)の脇に展示室があったが、二代目灯台に関する資料は皆無に近かった。

○初代の灯台は1869年(明治2年)にフランス人技師ヴェルニーが明治政府の依頼で建築したもの。初期の西洋式灯台として大きく紹介されていた。この灯台は1922年(大正11年)4月26日の地震で大きな亀裂ができてしまったため取り壊された。

○二代目の灯台は1923年(大正12年)3月15日竣工。9月1日の関東大震災で倒壊。展示室内には画像すらなかった。
ネット上のおそらく唯一の画像

○三代目の灯台は1925(大正14年)6月1日完成。現在に至る。

建っていた期間が短いので、あまりエピソードがないのは仕方がないが、可哀想すぎ。・゚・(ノД`)・゚・。

灯台に登って上から見下ろしてみたが、木が邪魔して二代目の残骸らしきものは見えなかった。

←画像の左上が現在の灯台。右下の岬の陰に残骸がある筈。

遊歩道を行ったり来たりしたが、残骸は見えず。こりゃ、下の岩場に降りなきゃダメだな、ということで、四つんばいになって岩場までずり落ちた。

そうしたら、目の前に直径3メートルくらいの灯台の残骸が!

灯台のどこのパーツか私には判断できなかった。当該HPには「台座部分」と書かれていた。

反対側に回り込んだ。

内部の鉄筋も確認できた。

灯台の他の部分がどこにいっちゃったのか?どうしてこの部分だけが残されているのか?は謎だけど、こんな状態で放置しているのなら、遊歩道から楽に降りられる階段と案内看板をつけて欲しい!岩場から道路に登るのは、降りるのよりさらに大変なんだから!(ノД`)