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いったん建物の外に出て、3メートルの垂直ハシゴを降りて地下室へ。階段ではハーネスに命綱をつけて一人一人降ろすので、渋滞行列ができた。
順番待ちをしている間、案内をして下さっている男性の方に質問したら、災害時に活動するボランティアの人が持ち回りで勝閧橋の案内をやっています★、とのことだった。元建設局OBの方が多いようだ。「その中に勝閧橋の開閉操作を実際に担当なさっていた方はいらっしゃいますか?」と質問したら、いない、とのこと。勝閧橋操作の仕事をされていたのは、この方たちよりもさらに高年齢の方らしい。勝閧橋の操作していた人を見つけてインタビューするのは、戦争遺跡の聞き込みより難しいな(´・ω・`)
★勝閧橋を現在管理しているのは東京都道路整備保全公社。
案内しているのは東京都建設ボランティア協会。
垂直ハシゴはやっと人が通れる幅。勾配がついていないのは、スペースの関係で奥行きを取れなかったかららしい。バリアフリーとは無縁な環境だ。係の方「当時は人の命が軽かった時代ですから・・・」。 |
ハシゴを降りると脇に電源ケーブル類や碍子がむき出しになった空間があった。触れたら感電する可能性がある。このあたりも当時のコスト重視、人命軽視の設計思想だな。 |
階段を降りると広い空間が広がっていた。ここが機械室。
勝閧橋は橋桁自体が900トン、カウンターウエイトが1100トン。これがバランスを取ってシーソーのように上下している。 |
カウンターウエイト(緑の部分)は頭上に鎮座していたが、かなりの迫力だった。しかも重たい鉛製だそうだ。 |
ぶつかった時に周囲のものを壊さないよう、サスペンション(エアーバッファー)付き。 |
この歯車(ラック&ピニオン)で動力を伝達して動かす。 |
動力は二基のモーター(画像)。
この区画にはクラッチや数種類のブレーキもあった。 |
下に見えているのは橋が開いた時、カウンターウエイトを受け止めるストッパー。
ストッパーの上に見えている丸い窓がおおむね、隅田川の水面の位置だそうだ。 |
機械室から一段登ったところが「トラニオン軸」。橋はここを支点に開閉する。 |
古い男性用小便器。仕事中の係員はここで用を足していたのだろう。でも、ここドアがないなぁ。働いているのは男だけだからどうでもよかったのか? |
橋の真下に張り出したスペースに出た。機械室は半分程度が水面下なのでそんなに寒くなかったのだが、やっぱり吹きさらしの部分は寒い。 |
今は橋は全て金属製だが、昔は重量軽減のため、歩道部分が木造だったそうだ。 |
勝閧橋の橋脚内を見学した感想;戦前の技術のすばらしさに驚いた。戦艦大和を作ってしまう水準なのだから、この程度の物件は驚くに値しないのかもしれないが・・・。