横浜こどもの国(田名弾薬庫跡)と
その界隈の軍事遺跡
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横浜こどもの国は、戦時中、田名弾薬庫だった。

1938年に国家総動員法により住民の立ち退きが行われ、弾薬庫の工事が開始された。その後、引き込み線、素掘りの貯蔵庫が次々と造られた。戦後、弾薬庫は米軍に接収され、朝鮮戦争の時期まで使用されたが、1960年には事実上閉鎖された。現天皇の結婚記念事業である「こどもの国」は、1965年5月5日に開園した。

★詳細について書かれたサイト

バイクで9時半過ぎにこどもの国に着いた。四輪車は900円も取られるが、バイクは脇の駐輪場に入れればタダ、とのこと(^_^)

駐車料金があまりにも高いので、単独行動する方は、自動車よりも電車でアクセスする方が経済的かもしれない。

電車の終着駅「こどもの国」駅が最寄り。

600円払って入場した。

ゲートを入ってすぐ中央広場がある。昔はこのだだっぴろい広場まで線路が延長されていたそうだ。昭和20年にここで爆発事故があり、亡くなられた方がいらっしゃったそうだ。ここで遊んでいる多くの人たちはそんな歴史なんて知らないんだろうな。

まず、外周道路を反時計回りに歩いてみた。

画像は第一トンネル。軍隊の掘ったトンネルだそうだ。

その脇に埋められた防空壕を2個発見した。

外周道路は尾根に沿って走っている。高台に壕や弾薬庫はなさそうだったので、こども動物園の方に降りていったら、換気塔が6本並んでいるのを発見した。あまり人の行かない場所を通った甲斐があった(^_^)

普通、上画像のように、弾薬庫の上部に換気塔があるものだが、6本の換気塔の下部には何も無し。弾薬庫が埋められてしまったのか?

換気塔には、このような新しそうなものもあった。実は、この下にある弾薬庫は現在使用中。

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