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![]() ![]() 小見川は水運の町。鉄道網の整備(成田線の開通は昭和6年)でさびれてしまったが、昔は東京との間で塩、藁、大豆などが高瀬舟で運ばれていたそうだ。 |
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地図に載っていない神社だったが、市街地を流れる川(黒部川)のほとり、ということで、川沿いを探して見つけた。 |
小さな水神宮だったので祠はすぐに見つかったが、入口塞がれてるし、南京錠かかっているし・・・。 |
上部のすきまからカメラを突っ込んで撮影したら、何も入っていないように見えた。もしかしたら、中に箱が入れ子になっていて、カメラに写っていたのは内箱の上部だったのかもしれないが・・・。 |
| 数軒となりの雑貨屋さんで聞き込みしたら、30〜40年くらい前、まじめな有力者がいて、「こんなものがあるから風紀が乱れるんだ」と言って、祠に鍵をかけてしまった、とのこと。そんなことしちゃダメだよ(ノД`) で、奉納された珍の行方は謎。 |
| この雑貨屋のおじさん、水運が盛んだった頃の小見川の町についていろいろ話して下さった。料亭があって、芸者さんが多数出入りしていた、とのこと。 |
| AllyKさんの話;江戸時代の利根川は水上交通が盛んで、各地に港が作られそれに伴い遊郭もつくられました。利根川沿いには比較的男根を納めた性神が多く所在しています。これは利根川沿いの港町に遊郭が多く作られたためと民俗学的には考えられているようです。 |
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このあたり、県道が入り組んでいる。勘違いして右往左往したが、要領よく走れば熊野神社は楽勝だった筈(県道に看板出てるし)。 無人の神社だが、立派な本殿と、文化財である神楽舞台があった。 |
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昔、飯岡町に陰と陽の石がセットで打ち上げられ、村人が協議した結果、熊野神社の石だろうということになり、この地に運ばれて安置されることになったそうだ。 縁結びの石として知られ、石の頭上に注いだ酒がこぼれずしみこめば願いがかなえられるとか。 |
でも、この石、たしかに割れ目や頂部のくびれはあるけれど、陰陽石とみなすにはかなり想像力が必要かも(^_^;) |
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県道沿いに鳥居のある小さな神社。 |
どこに珍子祠があるのだろう?と思い、本殿の裏に回ったら、木戸の中に祠があり、大量の石の珍、木の珍が奉納されていた。 |
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こっちは正攻法だが、 |
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奉納されている物件の数では、今日見た物件の中でトップクラスだった。地元の方に訊いたら、遠方から子供欲しさにここに参拝に来る人がいるようだ。 |