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松尾鉱山(1) |
山中に突然現われる廃団地で有名な松尾鉱山を訪問した。
| ★松尾鉱山について 明治15年、八幡平山中に硫黄の大露頭が発見され、大正3年8月、松尾鉱業株式会社が創設された。最盛期には従業員4000人、鉱山の人口1万5000人を数え、鉄筋コンクリート造り完全暖房のアパート、総合病院や劇場などが次々に建設され、中央から第一線の芸能人が来山するなど、標高1000メートルの山上に近代都市が出現、“雲上の楽園”と称された。一時は、日本の硫黄生産の3割を占めるなど東洋一の産出量を誇ったが、高度成長期になると硫黄の需要減や輸入の増加で採算が悪化。回収硫黄(石油精製の過程でできる)の出現により、昭和44年、閉山に追い込まれた。 【参考サイト】 |
この日の天気は曇り。ガスっていると道路から見えないという話だったので心配していたのだが、雲は松尾より少し高い位置だったので、視界良好、アスピーテラインから一部の建物が見えた。
学校の廃墟。閉山後、廃校になった学校を盛岡大学グループが購入、生活学園として使用した。しかし、現在ではまた廃墟となっている。 |
至誠寮(独身寮?)の廃墟。 |
しかし、アスピーテラインからは廃団地が見えない。廃墟に近づくルートはどこだ? 実はこの時点でメインの侵入ルート(「←旧松尾鉱山新中和処理施設」の看板あり)を通り過ぎていたのだが、気がつかなかった。
この地点からさらに登ると御在所温泉。温泉の前に未舗装の下り道を見つけ、深砂利怖い〜と言いながら降りていったら、道は浮き石の少ない走りやすいフラットダートになった。
ダートを進行、坂を登りきったら、ダム湖(貯泥ダム)の周回道路に出た。ガードレールが無い土手道なので、慎重走行。 |
周回道路からの展望は◎。 |
緑ヶ丘団地の廃墟。壮観。 |
学校廃墟を見下ろす。 |