別子銅山(東平の遺構など)(1)

東平(とうなる)は大正5年〜昭和5年まで別子銅山の採鉱本部があったところ。学校や住宅、娯楽場、病院などもあり、にぎやかな場所だったそうだ。 昭和48年に閉山してから無人になったが、巨大な貯鉱庫や索道基地跡が残っている。観光施設マイントピア別子の関連施設として整備され、資料館もある。2ちゃんねるの廃墟スレで東平に巨大遺構が残っていることを知り、見に行くことにした。

車とバイクのすれ違いもできないような狭い道をえんえんと走り、東平へ。観光施設として整備されているので立派な駐車場があった。
東平歴史資料館(画像)は今日は残念ながら定休日。

トロッコのトンネルは出入り自由なので、内部に展示してある運搬機器を見学した。

蓄電車、ローダー、かご電車、三角鉱車などがわかりやすい説明つきで展示されていた。

このトンネルは通り抜けできる。
その先に広場があり、
立ち入り禁止の第三坑口と、
火薬庫跡があった。

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