豊橋の戦争遺跡(2)

学内には松根油を取った松の木が多数あり、木肌に矢羽根状の模様がついていた。

★「この木があるのは、大学に隣接している南部中学校内で愛知大学内ではありません」という指摘がありました。

大学の敷地と国道(&電車の線路)の間には陰気なコンクリ塀があるが、これも軍時代のもの。

★山田実さん(サイト)からコメントを頂きました。「電車の線路沿いにある正門や通用門や塀は、昭和の初めに線路の拡幅で造り替えたもので、第十五師団当時のものではなく、教導学校の時のものです」とのことです。

塀の切り欠いた部分にいくつか門が設置されている。現在は使われていない門とその脇の哨舎。

久邇宮手植えの松

立派に育っていた。隣にはなんじゃもんじゃの木。花全開。

見学会はこれで終了。その後は友人と敷地内を回った。

第十五師団司令部正門(愛知大学正門)
旧歩兵第60連隊正門(愛知大学通用門)

駅に近い門。第60連隊は第15師団の一部らしい。

吹雪山

昭和2年に天皇が豊橋の軍事施設などを視察に訪れたのを記念して、後日、教導学校の学生が築いた小山。第15師団や教導学校の歴史が書かれた石碑があった。

大講堂(愛知大学第二体育館)

現役施設。

厩舎

現在は馬術部が使っており、馬が飼われていた。ここの馬場と馬も「純情きらり」に使われた。

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