調布飛行場周辺の掩体壕

調布飛行場は昭和16年に調布陸軍飛行場として竣工した。戦争末期は本土防衛のため、三式戦闘機・飛燕が配備されていたそうだ。現在も、飛燕を格納していた掩体壕や、高射砲台座、陸軍飛行場時代の門などが残っているそうだ。 「写真と地図で読む!知られざる軍都 東京」(洋泉社MOOK)を参考に、調布飛行場界隈の戦争遺跡を見て回ることにした。

【武蔵野の森公園内の掩体壕】

東八道路から人見街道に入り、西武多摩川線多摩駅方面へ。地図を参考に道路南側の住宅地の狭い道をうろうろ。すると、いきなり広い公園に出た(地図)。公園の向こうは調布飛行場。

ちなみに、この公園が整備されたのは最近のことで、それまでこの地は「調布苗園」だった。私が参考にした本には、雑木林の中の掩体壕の画像が載っている。

園内の展望台からは飛行場がよく見えた。公園に接している部分はヘリコプター駐機場のようだ。

この展望台からは掩体壕の一つもよく見えた。

掩体壕は絶対に中に入れないように封鎖されていた。真新しい看板が立てられており、飛行場の歴史、戦時中のこの界隈の地図、三式戦闘機・飛燕について、などが説明されていた。

私が看板の写真を撮っていたら、子連れの若いお母さんが来た。お母さん「へぇ〜、こんなものがあったんだ」と看板を眺めている。子供「これ何?」お母さん「戦争の時、飛行機を隠した場所よ。戦争知ってる?」子供「戦争なら知ってるよ。モモちゃんで読んだ」→「小さいモモちゃん」は、私も子供の頃に読んだが、ロングセラーのようだ。お母さんの話では、夢のシーンか何かで戦争が出てくるらしい。私も久々に読んでみようかな。

看板に気になる貼り紙があった。公園内の飛燕のブロンズ像が、昨年(2006年)12月に壊されたそうだ。展望台で破壊行為があったという貼り紙もしてあったし、DQNが多くて困る(ノД`)

もう一つの掩体壕は、広い方の入り口の蓋に、飛燕の絵が描かれていた。

上の画像の自転車の人が眺めているのが飛燕のブロンズ像。これを見れば掩体壕の使われ方が誰にでもわかる(^_^)

よく見ると飛燕のプロペラ部分が新しい。壊された後、パーツを新作したのだろう。

コンクリはかなり劣化が進んでいた。2007年3月に調布市内で開かれた掩体壕展によると、崩落防止のため、掩体壕の中には発泡スチロールが大量に詰め込まれているそうだ。
掩体壕の周囲に残る切り株。数年前までここが雑木林だった名残だ。

【府中市白糸台の掩体壕】

白糸台の掩体壕は、R20が西武多摩川線を越えている場所のすぐ脇である(地図)。目印は「車返団地入口北」交差点。

以前はこの隣にももう一つ掩体壕があったが、そちらは取り壊されたようだ。

この掩体壕は半分地下に埋まっている。

物置として利用されているようだ。

【府中市朝日町の掩体壕】

「写真と地図で読む!知られざる軍都 多摩・武蔵野」には「私有地内なので見られない」と書かれていたのだが、このページ「市民活動支援センター」内のページ)に、「多磨製作所(府中市/朝日町1-2)内」地図)、「半地下式の工場として使われている」「敷地外からも見える」ということが載っていた。

鉄工所内部の見学を断られたので、畑の反対側から外観撮影のみ行った。

【関連】
★調布飛行場の門柱
★調布飛行場付近の高射砲陣地跡