洲崎第二砲台と洲崎弾薬支庫跡(1)

NPOの冊子によると、洲崎弾薬支庫第二砲台とも昭和2年竣工。7年式30センチ榴弾砲4門が配備されていたそうだ。昭和13年に満州の関東軍、重砲兵学校に砲を搬出したため、いったんこの砲座は破棄されたが、本土決戦のため、また使用されることになった。この時に12センチ速射カノン砲2門と、75式10センチカノン砲4門が設置された、とのこと。弾薬支庫は洲崎第一砲台、第二砲台のための弾薬を管理していたそうだ(地図)。

坂田(ばんだ)BSから洲崎方面に向かってすぐの場所に門柱が二本ある。これが施設群入り口の目印。
橋を渡って右手に気をつけていると、こんな家がある。基部のコンクリ塊が弾薬庫跡らしい。この弾薬庫は、壊すのが大変なのでその上に家を建ててしまったようだ。

家の方に許可を取って写真撮影。

家の方に砲台跡の場所を聞いたら、親切に教えて下さったm(_ _)m

そちらに行ったら、未舗装の林道で、しかも入り口に軽トラが停められていた。私有林道らしい。土地の所有者がどこにいるかわからないし、徒歩なのでまぁいいか、ということで、林道を歩き始めた。
雨後なので、いたるところがぬかるんでおり、スニーカーを履いてきたA氏は苦労していた。私はゴアテックスのライディングシューズで楽勝。
林道沿いの空き地に第二砲台跡発見。

砲台跡は全周の三分の二くらいが露出している状態だった。

弾薬庫とおぼしき建物は三棟発見した。

弾薬庫その1。

一部が崩落していた(侵入はあくまでも自己責任で!)

弾薬庫その2。

壁や天井にレンガが貼ってあって。ここが戦争末期の建築ではないことを示していた。

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