沼津の戦争遺跡(震洋、海龍などの壕)
(2)

この先の民家の敷地内にも穴を埋めた跡があった。
しばらく歩くと、旧道は県道と合流する。

旧道・県道合流地点を振り返ったところ。左側の家並みはほとんどが廃屋だが、その裏手にもいくつか穴がある。

その先が私が最初にサイトにアップした、島合洞BS脇の大穴。うめちゅうさんからの情報では海龍格納庫だとのこと(沼津市史で確認済み)。

片方の穴の中には小屋が入っていた。どちらも現在は物置になっているようだ。

島合洞BSから淡島マリンパーク方面に歩くと、海側に小山(重寺)がある。

淡島側から小山を振り返ったところ。
山麓に「重寺大網組合」の建物があり、

その裏手に洞窟があった。二つしか確認できなかったが、ここから見えない場所にまだありそうだ。

沼津市史によると、この並びの穴は全部で4個で、見えている穴は震洋格納庫だそうだ。

その先で旧道は県道と別れて、山側に入り込んでいる。この付近も重寺地区である。

集落内の建物の裏手にも穴一つ発見(地図)。小さめの穴だが、中がクランクになっていた。

沼津市史によると、この穴は燃料庫として使われていたらしい。

「沼津市史」によると、重寺には海竜格納壕が6つ(うち2つは海竜2隻用)、震洋格納壕が3つ、補給施設壕が10個あったそうだ。

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