奥西表「船浮」と「内離島」探検コース
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鉱夫が使っていた共同風呂の残骸。コンクリの水槽だったようだが、壊れてしまって一部しか残っていなかった(左画像)。近くに飲料水のタンク残骸もあった(右画像)。

今は森に戻ってしまっているが、当時はこの界隈に100人くらい住んでいたそうだ。

サキシマハブ発見!

って、遊歩道沿いの飼育ケースの中で飼われているヘビ。触りたいが触っちゃダメです。毒蛇(ノД`)

史跡の説明の合間に、田中船長は植物についても解説。

オオハマボウフウ(ユウナ)の花(左画像)、アダン、ヘゴ(右画像)、他にもメモしきれないもの多数。

桟橋の近くの石炭積み出し場跡
昔は炭坑からここまでトロッコで石炭が運ばれたのだろう。現在もこぼれた石炭が遊歩道に落ちている。
慰霊碑らしいものが近くの岩場に見えたので、田中船長に質問したら、コンテナ船の事故?の慰霊碑で、炭坑とは関係ないとのこと。

ということで、内離島観光は面白かった(^_^)

また、ちむどんどん号に乗船。

田中船長、手ぶらで解説中。船の後ろの方で、従業員の方が操舵していた。

西表島側の石炭積み出し桟橋跡も船上から見学。木材の支柱の跡が残っていた。
船浮湾には航路標識がある。一部が干潮時は陸になってしまうほどの浅瀬なので、船が座礁しないように、航路標識が必要らしい。その一方で、船浮湾は水深が80mもあるため、国際避難港に指定されているそうだ。大型船用の係留ブイがあった。

予定ではこの後、水落の滝に行くことになっていたが、この日は干潮で現地の水深が不十分なため、滝観光は午後に回し、船浮に先に行くことになった。船浮の集落は、道路が通じていないため、船でしかたどりつけない。島民は白浜港の方に自家用車を置いていて、そこまでは船で通っているという。田中船長の話では、住民から「船浮まで道路を通して欲しい」という意見は出ていないとのこと。

船浮集落付近に黒い浮きがたくさん並んでいた。真珠を採るために、黒蝶貝を養殖しているそうだ。
船浮港のすぐ脇に穴が開いていた。これは、船浮要塞の一部で、穴の中に機関砲が設置されていて、空襲に来たグラマンが一機撃墜されたそうだ。

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