人柱供養堂と地すべり資料館(2)

9時半より少し前に女性係員が車で出勤し、地すべり資料館が開館した。この方は非常にフレンドリーで、まだ9時半にならないのに、私を入館させて下さったm(_ _)m

地すべり資料館は、妙高砂防事務所のPR館なので入館料は無料。楽しく地すべりについて学べる施設である。平成14年に開館したので、綺麗で新しいが、案の定、客が少ないとのこと。場所が場所だから仕方がないのかな。とにかく、ネットで紹介してくれると助かる、ということなので、まじめに「取材」することにした。

最初は映像資料

「雲仙・ピナツボ火山の脅威」「ザ・地すべり」「地球と地すべり」「板倉紀行」など5本あった。

次々に映像資料を見た。特に「ザ・地すべり」は、お勧め。大鹿村の中央構造線博物館にあったものと同じ作品だった。長野市地附山(昭和60年7月)、北海道白糠、長野県大滝村等、おっかない地すべり動画だらけだった。

「地球と地すべり」も一見の価値有り。日本国内で地すべりが特に多い地域は北陸(第三期層地すべり)、中央構造線に沿った地域(破砕帯地すべり)。段々畑として利用されている例が多いそうだ。地すべり跡が池になった例として糸魚川の月不見の池が紹介されていた。昭和60年2月の玉の木地すべり(新潟県青海町)は人家のある場所で起きたので被害が大きかったそうだ。地すべり対策工法として集水井戸、アンカー工法などが紹介されていた。
係の女性によると、この界隈でも排水トンネルを掘るという対策をしているため、最近は地すべり被害はほとんどなくなっているとのことだ。

「板倉紀行」は普通の郷土紹介番組だった。

次は併設(資料館の一室が壕雪館になっている)の「いたくら遊雪館」

雪国の民家模型(画像)、ゆきむし(雪が降り止むと陽の光にさそわれて現れる羽虫)、52豪雪の画像などが展示されていた。
資料館の下に、昭和2年2月にこの界隈の板倉町柄山で8.18mの積雪が記録されたことを記念するモニュメントがある。人が住む場所としては世界一雪深い記録だったそうだ。
地すべり資料館から県道254号を南下したところが柄山集落。ここにも積雪世界一8.18mの柱が建っている。

1階の地すべりの展示室

日本と新潟県の地すべり多発地区について。

新潟がいかに地すべりの多い地域であるか、図示されていた。

長野、新潟の地すべり事件について、新聞記事や手記などが展示されていた。

画像は中越地震による地すべり(2004年10月)航空写真。

新井市馬場の地すべり(1981年1月と82年9月)。

小学生の「おうちがなくなってしまいました」の手記パネル展示。ちなみに、現在は地すべり対策工事が済み、現地は段々畑になっているらしい。

長野市地附山地すべり(1985年7月)。

老人ホームが押しつぶされ死者26名。戸隠有料道路は寸断、復旧は断念され、別ルートに切り替えられた。跡地は地附山公園として整備され、地すべり対策の実際が目で見られるようになっている(レポ)。

地すべり実験模型

装置を作動させると震動し、砂と一緒に家や木が滑り落ちるというもの。原始的な仕掛けだが、わかりやすい。

万内川砂防堰堤群

文化財。見に行く人のために地図があった。この堰堤工事のきっかけになった事件として明治35年に粟立山大崩壊という事件があったそうだ。唯一の写真が展示されていた。

地すべりによる土地の境界争いについて。

土地の境が動いてしまうので、トラブルの元。

地名の意味。

地すべりによってできた地形の特徴を表す地名として、水窪、青抜、押田、飛山、蛇崩などという地名がある。

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