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帰雲城埋没地 |
帰雲城(かえりくもじょう)は戦国武将・内ヶ島氏の城で、天正13年11月の大地震で山が崩れ、城下町もろとも、一瞬のうちに土砂に埋没してしまったという。
城のあった場所ははっきりしておらず、
1.庄川左岸説
2.庄川左岸のR156号の西側上部の台地説(三方崩山の一角)
3.庄川右岸の帰雲山の中腹説
の三つの説があるそうだ。崩れたのは現在の帰雲山ではなく、川を挟んで反対側の山だという説もある。複数の説があるのは、城下町の遺物が発見されていないせいである。現在は、1番目の説が一番有力で、その場所に城跡公園が作られているのだ。(参考ページ(「ザ・登城」内))
国道156号を白川郷から少し南下した場所に「帰雲城埋没地」の看板がある。 |
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帰雲山は山頂付近が噴火口のような形に崩れていた。 |
園内には、観音様が建立されていた。
長野県大鹿村の大西公園(昭和36年の集中豪雨で川向こうの山が崩れ、集落が埋没、地形が変わってしまった)に似た雰囲気だ。 |
「帰り雲神社(無人の祠)の石垣をある角度から見ると、武将の面影や、姫の横顔が見える」と現地の看板に書かれていたが、よくわからなかった。 |