喜宝院蒐集館(2)

人頭税時代の秤。

人頭税時代の枡。

奉公袋など。

この他、勲章、大日本国防婦人会たすき、千人針、荒木貞夫(陸軍大将)から贈られた軍服などが展示されていた。

雄鳥の卵、山羊の卵、牛の卵

「珍品」と書かれていた。←当然、B級認定ヽ(^_^)ノ
雄鳥の卵は昭和30年5月7日に採取したもの。これを産んだシャモは7日後にまた産卵したそうだ。今なら学者の研究対象になることまちがいなし。
牛の卵は慶応元年、糞に黒光りする玉が入っていたそうだ。って、これって卵じゃなくて、他のものなんじゃ??家人はこの卵を家宝として紅白の紙に包んでお拝物にしたそうである。
山羊の卵については説明無し。

ここに書ききれないほど多種多様な展示物があった。室内をうろうろしていたら、館長さん(というか、ここの住職さん)が戻って来られた。解説お待ちしておりました(^_^)

まず、このコレクションについて。
これを集めたのは24年前(1983年)に亡くなった先代住職。4000点のうち800点は今年の一月、登録有形文化財に指定された。

次は藁算(バラッタ算)の説明。

琉球王朝時代、文字を知らなかった琉球の人々は紐の結び方の形や数で情報を扱った。収穫算、到来算、人夫算、領収算、戸数算などいろいろあったそうだ。藁算は人頭税徴収の計算のさい、威力を発揮した。古老は昭和10年頃まで用いたらしい。

館長さん、藁算の実物を手に持って、詳細解説。

到来算では、誰から何をいくらもらったかということを記していたそうだ。

わらづとの形をした結び目を指して、館長さん「これは何でしょう?」私「納豆」

館長さん、嬉しそうに、「その答え待っていたんです」「納豆じゃないんです」→答えは卵とのこと。

琉球ではわらづとに卵を入れて運搬していたそうだ。

この藁算(右画像は拡大したもの)では卵の他、酒、魚、米、麦などをもらったことが示されているという。

こちらは戸数算

どの家に何名住んでいるか、ということを表し、人頭税を徴収するのに必要なデータになったそうだ。上に伸びている枝が各戸に住んでいる人数を表す。上部が折り返された結び目は「道区切」とのこと。

「○○さんの家」という内容を記述するのには家紋を記号として用いたそうだ。

藁算と似たようなシステムがペルー(インカ帝国)にもあったそうだ。館長さん「国立科学博物館で近々、インカ・マヤ・アステカ展が行われますので、興味のある方はどうぞ」←そこまで把握しているなんてすごい(゜Д゜)
ちなみに、このページ「New Carthago City」内のページ)では、インカのキープと沖縄の藁算のルーツが同じ可能性が示唆されている。

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