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戦争博物館(2) |
戦車の素性が気になったので、開館時間にはちょっと早かったが、受付へ。受付のおばさんは「本当は9時から開館なんですが・・・」と言いながら、10分早く来た私を入場させて下さった。豪華なパンフも頂いた。
あの戦車について、おばさんに質問。「これって雨崎から2度に分けて持ってきたんですよね?」おばさん「2〜3回に分けて持ってきた筈です」って。博物館側も戦車は雨崎から来たと認めている。
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入場ゲートの内側に海防艦・志賀の艦首部分、昭和6年の満州事変で活躍した90年式戦車、要塞砲28センチ榴弾砲などが展示されていた。このあたりは以前とほとんど変わらない。 実は、志賀の艦首についている菊の紋章は館長さんが後でつけたもの、戦車と要塞砲は映画の撮影で作られたものだそうだ(もっとも要塞砲の方は、実物そっくりらしい)(参考ページ(「とんぺいの機械博物館」内))。 余談になるが、この博物館は、「模造品を実物と偽って展示している」等、一部の方々の怒りの標的になっている(2ちゃんねるのスレッド)。個人的な意見だが、本物じゃないとしても、これだけの展示物を集めたスポットは素晴らしいと思った。私は「実物じゃないものは価値がない」とは思わない。「これは模造品です」等の説明をつけておけば、怒っていた人たちも納得するのではないだろうか? ちなみに、「雨崎の戦車が那須でどのように展示されているか」について私に教えてくれた友人は「館長さんが来訪者の知識を試しているのでは?」と解釈していた。 |
写真を撮りながらうろうろしていたら、受付後ろ側の椅子に軍帽をかぶった年配の男性がいるのを発見!前回お会いできなかった館長さんだ!
ということで、突撃取材することにした。以下、館長さんのお話。
●「サイパン帰還の戦車」は、雨崎から持ってきたもので間違いないとのこと。2度に分けて持ってきたが、最初に戦車の埋まっていた崖下に車が入らず、引き上げに苦労した。なんと砲塔側の重さが6トン!4トントラックに積めないことが判明し四苦八苦。
●この戦車はサイパンを守っていた戦車9連隊が浜に埋めて固定砲台として使っていたものである。米軍の猛烈な艦砲射撃でそのほとんどが破壊されてしまったが、形をとどめていた戦車があった。ある遺族が戦後、持ち帰ってきたが、こんなものが米軍占領下の日本にあるとまずいので、三浦の雨崎海岸に埋めたそうだ。現在となっては、その遺族が誰だか皆目わからない。
→これで、雨崎出土戦車がどうして「サイパン帰還の戦車」なのか、事情が判明した。
★サイパン帰還の戦車として、現在、公式に認定されているものは、靖国神社遊就館と、富士宮の若獅子神社にある。
戦車の出自の話の後は、館長さんは私に、軍事コレクションをどうやって集めたか、というお話をして下さった。
流山の川底で発見された大量の航空用機銃と、銃剣について。
2年前に自衛隊など動員し、川をせき止め、22丁の機銃や銃剣が回収された。機銃が欲しくてお役所(国土庁だったかな?)とかけあったが、「機銃等はもともと軍が所有するものだったので、今でも国のもの。国のものを民間に払い下げるのには問題がある」とのことでけんもほろろ。たまたまその機関に顔のきく代議士さんに頼み込むことができ、機銃7丁を入手することができた。そのうちの一丁は靖国神社遊就館に、一丁は宇都宮の護国神社に、もう一丁はスポンサーのトモエ乳業に寄贈、2丁は機関銃を作った会社に預けた。うち一丁は整備後、こちらに返していただける予定である。残りの2丁を展示している。 |
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「100式重爆撃機・飛龍」の増槽。 「飛龍の増槽はどこで入手したんですか?」と質問したら、「あれは呑龍の増槽だ」と館長さん。100式=呑龍だということはご存じなのだが、説明看板の間違いを訂正されていないようだ。 このパーツは、アルミ解体会社から入手したとのこと。 |
| ジープとB29の増槽。
上野の中田商店から購入。 |
| 海防艦・志賀の部品について。
海防艦「志賀」は、海上保安庁巡視船「こじま」として活躍したのち、千葉市海洋公民館に展示されていたが、平成10年に解体された。この船を買い取りたいと思ったのだが、運搬費に三億かかるときいて断念。艦首と艦尾のみを譲り受けた。スクリューは千葉の博物館が持って行ったが、展示されていないので、どうなったかわからない。 |
| かつて京都にあった嵐山美術館について。
京都の嵐山にあった立派な戦争博物館だったが、寺に土地を借りていて、借地期限が来たので、白浜に展示資料を移転し、ゼロパークとして再開した。ゼロパークはオーナーが亡くなった時、借金を抱えていたので閉鎖。その資料は大和ミュージアム他に散逸した。ここからある展示資料(何だったか?聞いたけど忘れた)を400万円で購入したが、仲介業者が金を持ち逃げして、厄介なことになった。人は信用できないねぇ・・・。 |
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屠龍のエンジン。 B29に戦闘機・屠龍が体当たりした。B29は海に落ちたが、屠龍は柏の田んぼに墜落した。8mの深さに埋まっていたのを引き揚げた。このエンジンは自衛隊の相模原航空博物館が持っていたので、砲車の車輪(右画像)と交換で入手した。14気筒エンジンだが、墜落の衝撃でひどく損傷している(左画像)。 |
| 昨年から展示を始めた零戦の翼。
土人(原文ママ)が持ってきた。終戦時、南方に零戦はたくさん残っていた筈だが、こんないい状態で保管されていたものは珍しい。 |
| 自衛隊機の残骸。
自衛隊機には詳しくないので、機種不明。浜松基地の放出品である。 |
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B29のエンジン。 右画像のプラグが取れて、プラグコードだけになってしまっている。プラグは客に盗まれた。 |
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「昭和10年製の95式戦闘機」(実は羽布張りの複葉機。機種名も間違い)も、メーター盗難にあっている。 |
| 古道具屋に行って、箪笥を購入すると、引き出しに掘り出し物が入っていることがある。小物集めにお役立ちテクニック。 |
こんな感じでいろいろお話を伺った。
館長さんは、人脈が豊かで、人を惹きつける人柄のようだ。私も話していて楽しかった(^_^)
軍帽をかぶった館長さんの写真を撮らせて欲しいとお願いしたら、「この格好じゃ・・・軍服に着替えてくるよ」とのこと。
5分後、大将の軍服で現れた館長さんを、要塞砲をバックに記念撮影。 ありがとうございますm(_ _)m |