新府駅

中央本線・新府駅は昭和20年6月に信号所として開設された。

戦争末期の物資のない時期に開設された理由は、線路容量をアップして、輸送量を増やすためだったそうだ。松代大本営(レポート)や、七里岩の地下工場群(レポートその1その2)などのために、輸送量増強が必要になったのでは?と「山梨の戦争遺跡」(山梨県戦争遺跡ネットワーク編)に書かれていた。

何の変哲もない無人駅に見えるが、実はこの駅には、単線時代(〜昭和45年)はスイッチバックがあった。韮崎〜小淵沢界隈は急勾配が続き、列車がここを登るのが大変だったからだ。

画像はホームから韮崎方面を見たところ。線路向こう側の細長い空き地がスイッチバック跡だ。

ちなみに、この区間は、新府駅の他、韮崎駅、穴山駅、長坂駅にスイッチバックがあったそうだ。

スイッチバック跡は未舗装の道路になっている。