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与那国島・その他のネタ(1) |
【プロペラ機】
那覇から乗った与那国行きの飛行機は、DHC−8という双発のプロペラ機だった。 |
高翼なので、翼の脇の席でも見晴らしがよい。島に沿って飛び、要所要所でアナウンスが入るので、楽しい遊覧飛行だった。 |
適当に写真を撮って、後で地図と照合したら、伊良部島と下地島、石垣島北端(画像)、鳩間島、西表島北部などが写っていた。 |
| やがて、脚が出て、着陸。脚の出る機構も客席から丸見え。その時は何とも思わなかったのだが、この機種、ボンバルディアだったんだってw 脚が出てよかった(^_^;) |
【日本最西端の・・・】
与那国島の西崎は日本最西端の地である。画像は「最西端之地」碑。 |
水平線近くには雲がかかっていたため、水平線に沈む太陽は見られなかった。というか、見晴らしがよければ、台湾に沈む太陽が見える筈である。ちなみに、与那国島は台湾から100キロくらいしか離れていない。この距離は石垣島と与那国の距離よりも近い。宿の人の話では、台湾が見えるのは年間通してほんの数日だけだそうだ。「台湾は大きいですよ」とのこと。検索したら、「陸屏風」と表現しているサイトがあった。 |
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日本最西端の集落・久部良には、日本最西端の郵便局、日本最西端の信号機などがある。いったいいくつの「日本最西端」があるのだろう? |
【ティンダバナ】
祖納集落脇にあるティンダバナ(ティンダハナタ)という岩山に行ってみた。見晴らしのよい遊歩道沿いには、サンアイ・イソバ(戦国時代に活躍した女傑)の碑、イヌガン(難破船でここに流れ着いた女と犬がここで暮らしていたという伝説あり)、「讃・与那国島」の碑などがあった。 |
![]() このうち、「讃・与那国島」は、昭和18年に設置されたそうだ。伊波南哲という人が作った戦争賛美の詩が彫られていた。 「南海の防壁・与那国」「おお汝は黙々として皇国南海の鎮護に挺身する沈まざる二十五万噸の航空母艦だ」「紀元二千六百三年」だとか・・・これって、終戦後、ヤバかったんじゃ?と思ったら、「八重山歴史読本」(中田竜介、やいま文庫) |