観音寺(日本最後の即身仏)

村上市の観音寺には、「珍日本紀行」によると、日本で一番新しい即身仏が安置されているのだそうだ。

村上地方民俗資料館の方に場所を訊いたにもかかわらず、ちょっと迷った。それはこの寺に全く商売っけがないせいだった。

寺の敷地に入り、庫裡を見たら、「拝観料200円」と書かれていた。
扉を開けたら、住職と奥さんがいらっしゃった。拝観料を皿に入れ、その他にお賽銭少々喜捨。奥さんに、庫裡の隅にある仏海上人の即身仏の前に連れて行って頂いた。
仏海上人は江戸時代末期(1828年)、現在の村上市出身。あちこちで修行をし、湯殿山注連寺や観音寺の住職になった。貧民のために寄付をしたり、泥棒に「他人に迷惑をかけるな」と言って、自分の金を与えたりしたというエピソードがある。明治36年に世界の人民のために即身仏になったそうだ★。死後30年経ったら掘り出してくれ、という遺言をしたにもかかわらず、法律(墳墓発掘禁止令)のため、掘り出されたのは昭和36年(村上市教育委員会、ミイラ研究グループによる発掘)。彼の後、即身仏になることは法的に自殺とみなされるようになったので、即身仏になった人はいない。

このページ「ざざむしのホームページ」内)には、「仏海上人は、入定墓まで用意して入定に備えたそうですが、県庁からの指導で、入定は認められず、やむなく死後葬ったとの経緯があります」の記述あり。

奥さんによると、仏海上人が奥さんのお父さんの名前をつけて下さったそうだ。

畏れ多い方なので、即身仏の撮影は禁止。

掘り出された木製の棺画像を掲載。

奥さん「裏にある仏海上人のお墓にも参拝していって下さい」「振り袖地蔵も見て行って」とのことだったので、

まずお墓に参拝。

墓の後ろの穴は上人の遺骸が掘り出された穴である。

振り袖地蔵は寺の入り口付近にあった。

この地蔵には恐ろしい伝説がある。

六部(修行人)が恐山で、火の車で連行されている若い女の霊に会った。その女は「自分は親の悪行のため、病死して地獄に連行されようとしているのです」「親に非道な行いをやめさせるように言って下さい」と六部に言い、証拠に自分の振り袖の片方をちぎって与えた。その六部は親の家に行き、振り袖を見せた。死体をあらためたところ、着せていた振り袖の片方がなくなっており、六部の話が本当だと認められた。親は反省し、振り袖地蔵を建立した。

こんな由来があるので、奥さん「振り袖地蔵は怖い顔をしている」。
奥さんの話では、その家(油家)は実在し、因果が巡って一家は滅亡したそうだ。それ以後にこの家に入居した人も次々に不幸な目に遭うそうなので、現在は市が家を買い取って(借り上げて?)、お休み処として使っているとのこと。

寺から徒歩5分くらいのところなので、その建物も見に行ってきた。

●観音寺
新潟県村上市肴町15-28、0254-52-4707