習志野・船橋の戦争遺跡(3)

【東邦大学】地図

隣の東邦大学の敷地にもお稲荷さんの鳥居と石碑群が見えていたが、間に塀があるので、いったん外に出て、東邦大学に正門から入り直した(面倒くさい)。
柔道場に転用されている兵舎が残っていた。
碑群はこちら。

武勇、礼儀、信義、忠節、質素と各面に書かれた五角形の柱(戦前のものか?)
騎兵第十三連隊発祥碑(平成5年)。

この他、司馬遼太郎揮毫の碑(平成8年、小説「坂の上の雲」に騎兵隊について書かれているらしい)、文字の消えかけた騎兵第十三連隊跡碑があった。

碑群の脇にお稲荷さんが祀られていた。

お稲荷さんの台座、手水場には、大正7年、5年などの日付で「除隊記念」の人名が大量に彫られていた。

●陸軍習志野学校
「千葉県の戦争遺跡をあるく」によると、習志野学校毒ガスの研究、教育を行うための施設であったらしい。ジュネーブ条約で禁止されていたことを行っていたため、写真撮影も禁止され、詳細は不明だそうだ。毒ガス戦の訓練は習志野原演習場でも行われていたとのこと。演習場では戦後、毒ガス入りのドラム缶が出土し、負傷者も出ているそうだ。
このページ「千葉県の戦争遺跡」内)に詳細が記述されている。

【兵舎を転用した民家】

場所は非公開。

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