習志野・船橋の戦争遺跡(5)

【ならしのの森】地図

ならしのの森元・千葉大腐食研究所敷地)には、習志野学校の建物の土台が点在している。

煉瓦はイギリス積み。

実験動物供養碑。

碑に刻まれた人名が削り落とされていた。毒ガスに関わったことが知れるとまずかったのだろう。

水道跡。

トイレ跡。

こちらも水道跡。

★印の入ったマンホール。

習志野原演習場「千葉県の戦争遺跡をあるく」より)
明治期から敗戦まで、習志野原は軍の演習場になっていた。原には標的として支那囲壁砲台(現存)や、永久堡塁などが作られた。日露戦争後はロシア軍捕虜収容所、第一次世界大戦後はドイツ軍捕虜収容所が設けられたこともある。

【支那囲壁砲台】

民家なので場所は非公開。

砲台といっても、砲を撃つのが目的ではなく、中国軍が作った壁で囲まれた軍事施設を攻略する訓練場なので、高い塀に囲まれた蔵のような外見である。現存しているのは四方の壁の一部。

砲台に近づくと、カーッカーッ!と金属ぽい声で鳥がけたたましく鳴き始めた。何だろう?と思ったら、二階建ての1階でガチョウが飼われていた。番鳥だ。

Keiさんが以前来た時は家の方にお話を伺ったそうだが、今回は残念ながら不在のよう。

ネットで調べると、階段状のコンクリが垂直に突き出したり、鎖がぶら下がったりしているそうだ。当時はこれで兵士が壁越えの訓練をしたのだろう。そして、壁上部に「囲壁」という文字が書かれているそうだ。

囲壁砲台の前はアパート。住民のどのくらいの人が、ここが戦争遺跡であることを知っているのだろうか?

→続きはここをクリック

→「習志野・船橋の戦争遺跡(4)」に戻る