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宗谷岬(1) |
北海道観光の定番・宗谷岬に行くことにした。約20年ぶりの再訪である。前回は快晴、樺太がよく見えたが、今回は、どんより曇っていた。
海辺に黒い旗が立てられていた。それも二カ所。これは何だろう?
ネットで調べると、「今日は昆布漁をやります」という意味の、漁業従事者の旗らしいことが判明。 |
宗谷岬に着いたのは早朝・6時半。こんな時間でこんな天気なのにちらほら客がいたのはさすが宗谷岬。
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最北端の碑と間宮林蔵像(定番)。
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丘の上には慰霊碑や記念碑がたくさんある。 |
まず、旧海軍望楼。
明治35年に旧海軍が建設したもので、バルチック艦隊の動向を監視するのに使われたそうだ。その後、太平洋戦争では対潜監視基地として使われた。現在では稚内市唯一の明治時代の建造物として、市の有形文化財に指定されている。 望楼二階に登ってみたが、この天気なので、樺太は見えなかった。 |
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建物の隣に「宗谷海域海軍戦没者慰霊碑」「平和の碑」があった。後者は太平洋戦争中、日本軍との戦闘で宗谷岬沖で沈没した米潜ワフー号乗員(80名)の慰霊のため、1995年に建立されたものらしい。前者はワフー号の沈めた5隻の民間船(690名)も含めた慰霊碑だった。合掌。 |
旧海軍望楼の脇に狐の親子がいた。カモメの死体をひきずっていたが、私が近づくと、死体をほっぽって逃げた。
でも、人慣れしているようで、こんな写真が撮れた。 |
灯台に行ってみたら、入り口で先ほどの狐の親子がうろうろしていた。子供は二匹のようだ。
私がウエストバッグをごそごそしていたら、また、親が近寄ってきたが、何ももらえないとわかると立ち去った。 狐さん、残念でしたw(^_^;)w |
「あけぼの像」。
北海道牛乳生産100万トン、乳牛50万頭突破を記念して建てられた碑。 |
ラペルーズ碑。
ルイ16世の命令で探検を行い、宗谷海峡を発見したラペルーズを記念して建てられた碑。彼が発見したことから、この海峡はラペルーズ海峡と命名されたそうだ。 |
平和記念碑。
太平洋戦争中、この界隈を守っていた部隊(宗谷要塞重砲兵連隊)が建てた碑である。部隊の兵士はは敗戦後、シベリアに抑留され、7名が日本に帰ることなく亡くなったそうだ。 |
大岬中学校跡地碑。
昭和22年に開校し、昭和43年に統合により閉校になった中学校を記念して建てられた。ちなみに、大岬=宗谷岬。 |
ここで一番大きな碑は、大韓航空機撃墜事件慰霊碑。
1983年、ニューヨーク発ソウル行きの大韓航空機が領空侵犯して、ソ連戦闘機のミサイルで撃墜された事件だ。日本人28名を含む269名が犠牲になった。当時は旅客機がミスからコースを逸れた説、意図的にスパイを行っていた説などがあった。その後、この話はうやむやになってしまったと思ったが、ウイキペディアによると、現在では前者で確定しているそうだ。理由はともあれ、合掌。 |
この他に、世界平和の鐘、子育て平和の鐘などがあったが、ここにあると思った「樺太で自決した電話交換手の碑」が見あたらない。あれ?ノシャップ岬の方だったかな?→後で稚内公園だったことを確認。記憶はあてにならない。
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